高知県嶺北地域の大豊町にある「猪鹿工房おおとよ」(以下、猪鹿工房)で、鹿肉の解体作業を見せていただけることになった編集部。出発前、猪鹿工房を立ち上げた北窪博章さんと、北窪さんを慕う移住者のひとり・安達大介さんは、北窪さんが乗ってきたバイクを、安達さんの軽トラに乗せていました。
嶺北地域の取材に同行していただいていた川村幸司さんは、ふたりが手際よくロープを回して、さささっとバイクを乗せている様子を見ながら「かっこいいよなぁ。ああいう技を、嶺北のひとたちはみんな見て覚えていくんだよね」とぽつり。カメラマンの小松崎は、乗せる作業を手伝い、戻ってくるや「北窪さんのスーパーカブ(バイク)、超かっこいい。すっごい使い込んでる。ビールケースがロープで縛り付けられていたり……」と興奮ぎみに話していました。あとから伺ったところによると、北窪さんの愛車は25年、連れ添っているそうです。
山の暮らしの先輩と、その背中を追いかける若旦那。ふたりの姿を見ていると、田舎暮らしはかっこいいと思えてきます。
北窪 博章(きたくぼ ひろあき)
生まれも育ちも現住所、大豊町から一歩も出たことなし。高校卒業後郵便局に入社。青年時代は子供会、青年団、子供会ソフトボール部、一般男子ソフトボールクラブ等をして楽しむ。退職後「猪鹿工房おおとよ」を設立。もとくら読者
へ「若いときは飲んで遊んで楽しみ見識を広めるべし」。
22歳で都会にあこがれ東京に住む。親戚のガラス屋で8年間勤め、その間に結婚し長男を授かる。子育てを機に都会の暮らしに疑問を思い、田舎暮らしをしようと決断。30歳で脱サラ。20年空き家だった古民家を今までの職業の経験を活かし、自力で改築。五右衛門風呂、土壁など独自に研究をし作り上げる。約8か月かけ古民家再生をしてお山の宿みちつじを2013年8月オープン。その後ひょんなことから、鹿、猪を捌くことも身に着け猟師宿、ジビエ料理が食べれる宿、手作りの古民家宿として今も奮闘中。
Iターンでやって来た若夫婦と元郵便局員さんの出会い
安達 大介(以下、安達) うちに来るの、いつぶりですかね。
北窪 博章(以下、北窪) そうやねぇ、大田口カフェのほうはしょっちゅう行くんやけどね(笑)。
── あ、そうなんですか?
安達 僕らが出会ったのも、大田口カフェでした。僕の妻と大田口カフェの奥さんが姉妹なんです。義理の姉夫婦がやっているカフェだから、僕も家族でよく出入りしていました。
北窪 あそこは移住してきたころから、家族ぐるみで付き合っとったからね。移住者っていうのは地域のなかに溶け込むのが、なかなか厳しいってのもあったで。
安達 僕らも移住してきてすぐ、北窪さんとお会いできて本当によかったと思っています。「お山の宿みちつじ」をオープンする時も、すごく相談に乗っていただいて。
北窪 僕もちょうど猪鹿工房を始めたころやったね。
安達 はい。宿を始めたころはお客さんも少なかったし、工房もご夫婦でやられていて人手がほしいとのことだったので、北窪さんのお手伝いをさせてもらうようになって。いまは宿の料理の中で、猪鹿工房から仕入れた鹿や猪の肉を使わせてもらっています。鹿や猪の肉というと、どうしてもクサいイメージがあるけど、北窪さんのところのお肉はクサくないんです。
北窪 鹿はデリケートな動物だから、屠殺して2時間以上経つとね、すぐ腐敗してクサくなるんよね。だからうちには罠にかかった鹿を生きたまま連れてきてもらって、その場ですぐ捌くようにしとる。そうすれば新鮮なうちに肉にできるきね。
安達 僕もはやく北窪さんみたいに、手際よく捌けるようになりたいなぁと思って見ています。猪鹿工房を始める前から、ご自身でジビエを使った料理をつくっていたんですよね。
北窪 うん、趣味でね。郵便局に勤めとったけど、燻製をつくってた。退職金をつぎこんで、猪鹿工房を建てました。
── 郵便局員さんだったんですね!
北窪 そう。猪鹿工房では、ジビエ肉の処理・加工・販売をぜんぶやるから、保健所の許可もいるし、処理業、販売業、それから食肉製品製造業の資格を3つとりました。このあたりで害獣被害が多くて、なんとかせなというのが、そもそものスタートで。鹿や猪が田んぼとか畑を荒らすから、猟師が駆除するにゃけど、その9割以上は殺したら、そのまんまだったの。でも、屠殺したどうぶつをそのままにしておくのも、もったいないと思って、加工をして販売したらどうかと思った。知り合いの猟師さんにも「肉に加工して売ってみたら」と言われて、はじめました。
安達 北窪さんは僕ら移住者にとっては、頼れるお父さんみたいな存在ですし、猟師さんからの信頼も厚い。いま僕らがこうして暮らしていけるのは、地域に馴染めるよう北窪さんがいろんな方を紹介してくれたからです。
北窪 年寄りばっかりやけどねぇ。このあたりは限界集落やなくて、崩落集落と言われとる。でもこうやってだいちゃん(安達さん)みたいに、Iターンで来てくれるひとが増えるのは、すごくうれしい。僕、若いひとが好きなんよ(笑)。それに、心配ばっかりしとっても、つまらないしね。
鹿の気持ちが分からんと猟はできん
── 安達さんは大豊町に来る時には、すでに宿をやろうというのを決めて、移住されたのでしょうか。
安達 はい。移住する前に、何度か大豊へは来ていたんですが、その時に義兄(あに)と、「これからの生き方や暮らし方を考えて、いっしょにやっていこう」と話をしました。その中で、山で暮らしながら宿をやりたいと気づいて。「みちつじ」の物件は、義兄が見つけてくれたんですよ。
お風呂とトイレは完全に壊れていて、ほかの改修が必要なところをぜんぶ見て、予算を決めました。夏はラフティングをしに来るお客さんが増えるから、そのシーズンには間に合うように、計画を立てて改修していったんです。
安達 ……もともと東京でサラリーマンをしていた時期もあったんですけどね。自然の中で、新たな人生に挑戦していきたいって、思ったんです。そのうえで、妻の実のお姉さん夫婦もいる場所なら、家族も安心できるだろうと思って。まさか自分が薪割りをしたり、罠をかけて動物をさばいたりする暮らしをするようになるとは、思いませんでしたけど(笑)。
北窪 68年間、町から出たことがないような我々からすると、なんでこんな不便なところにって思うんやけど(笑)その心意気がすばらしい。
安達 若いひとも結構移住して来ているから、刺激にもなります。
北窪 猟師になりたいゆうて、うちへ何人か若いひとが見学に来ることもある。僕としては、早く若者に譲りたいんやけどね。山の仕事やし、猟師と仲良くできないと難しい。僕はたまたま郵便局におったから、昔からの付き合いがあって、だんだんと仲間になれるけど、猟師と信頼関係を築くのは、なかなかね。独特の価値観があるから。
安達 そうですね。
北窪 猟師は、鹿の場合は害獣駆除や、お金を稼ぐために猟をする。でも猪はちょっと、おもむきが違う。
安達 命懸けですよね、猪の場合は。鹿は罠で生きたまま捕まえられるけど、猪は鉄砲を使って撃たなきゃならない。
北窪 そうやねぇ、やられたらこっちが死ぬ、っていう場面に遭遇するわけよね。
撃つ前に、まず3匹くらいの犬が猪の先回りをして、逃げんように動きを止める。で、ワンワン言うから、その鳴き声がする方へ行って、至近距離で撃つ。遠距離で撃つと、自分とこの犬を撃つ可能性が高い。雰囲気が違うのは、一度一緒に飲めば分かるよ(笑)。酔うてくると、今までどんだけ大きいのを仕留めたかとか、そういう話に花が咲く。若くても、彼らと仲良くやっていけるという自信ができたらね、僕はいつでも譲りますよ。
── 安達さんは狩猟免許は持っていないんですか?
安達 今のところ、鹿を獲るための免許は持っています。何度か罠を仕掛けているんですけど、まだ獲ったことないです(笑)。難しいですね。
北窪 鹿の気持ちがわからんと、獲れん。ここは必ず鹿が踏む、というところに罠をかけんとね。10センチずれたら全然ダメ(笑)。
安達 そこを鹿に踏ませるために、手前に枯れた木を置いたり、罠のほうに誘導できるようにけもの道に障害物を置いたりしますよね。知ってはいるんですけど、なかなかうまくいかなくて……。
北窪 鹿は、エサや水が飲みたくなると、山の頂上から谷までおりてくる。そしたらそこがね、けもの道になってくる。それはひとつの、安全な道でもあるわけよ。荒れとるほど、利用度が激しい。しかも鹿だけじゃのうて、サルも通るし、タヌキも通る。やっぱり、動物同士は、この道は安全っていうのが分かるんやね。
腕の立つ猟師は、そういうところを理解している。で、猟師同士にもナワバリみたいなもんがあるから、どこにけもの道があるかは、なかなかほかの猟師には教えてくれん。だから、見て盗んで覚えるしかない。
安達 動物の気持ちだけやなくて猟師さんの気持ちも理解しなきゃいけない。そこらへん、もうちょっと学ばないとなぁ。
北窪 人生と一緒やね。どうやってうまくすり抜けていくかを考えな(笑)。
山の暮らし、田舎暮らしはかっこいい
安達 僕にとっての一番の理想は、自分で獲って、さばいてお肉にして売るというか、宿で提供できるところまで一通りできるようになることですね。そうすれば、自分に自信がつく気がするし。すごくかっこいいなぁって思うから。
北窪 若いうちは、出る釘は打たれる経験をすることが一番大事やと思う。もやしみたいにびゅーっと伸びていくだけやと、やられたときにどうしようもないけん。特に猟師をやるうえでは、やられる前にうまくすり抜ける手立てを身に付けることは大事なんよ。自分の人生にもぜんぶ活かされるしね。
安達 北窪さんに魅力があるから、いろんなひとが集まってくるんですよね。僕も、本当によかったなって思うことがたくさんあります。
北窪 最近は1日3頭処理したら、2日から3日ぐらい体がしんどいけどねぇ。自分は慣れきっとるつもりでも、鹿と向き合って殺すわけだから、やっぱり体のどっかにこたえよるんですよね。
でもいつまでも体力と気力を持ち続けられたら一番いいね。やりたいことも、なんぼでもある。革製品もつくってみたいし……今ハマっとんのは、ヨーロッパの料理。
安達 血のソーセージ、ですよね。
北窪 そうそう。東京の六本木でシェフをしていたひとが、最近高知に移住してきた。「金にはなるけんど、金ばっかりになる生活してもなんにもおもしろくない」って。で、そのひとがうちに来たとき、「鹿の血を、1リットルとっといてくれ」って言うの。「血!?」ってビックリしたんだけど、ブーダンノワールという、ヨーロッパでは一般的なソーセージをつくってくれた。これがね、結構濃厚な味がしてねうまいんよ。ちょっとクセがあるんですけど。
安達 東京の一部の高級レストランで出るようなソーセージを、自家製でつくっちゃうんだから、すごいですよね。こんな贅沢なことないなぁと思います。
安達 大豊に来てから料理はもちろん、食材そのものがおいしくて、命をいただいているんだなという実感がわきます。実際、自分が殺してるわけですからね。動物の命をいただく過程を体感できるのは、、子どもたちにとっても大切な経験ですし、綺麗事じゃない事実を学べる。田舎の暮らしって、本当にいいなと思いますね
── 一流シェフも注目する食材があるということですもんね。血のソーセージかぁ……どんな味がするんだろう。
安達 すごい、ワインに合いますよ。
北窪 血と、玉ねぎを入れてつくってある。おいしかったですよ。おとといつくったのだけど、それ持って帰り。