毎日お米の配達を終えて、出迎えてくれたのは櫻井喜明さん。お米マイスターを取得するほどのスペシャリストです。
店主をつとめる櫻井精米店の店頭では、全国から選りすぐったお米を常に9種以上も販売。お店を訪ねれば“今夜はおなかが満たされる”という期待で胸がいっぱいになります。
パン食中心の生活をしているけれど、毎週必ず、おいしいお米が食べたくて仕方のない日がやってくる──僕(編集部・タクロコマ)ですが、取材を終えた今、これからは櫻井精米店さん、あるいは近所のお米屋さんに通いたいと強く思います。
おいしいご飯を食べるには、使う炊飯器や炊き方にもよるところもありますが、まず第一に素材であるお米で味が決まるからです。今回はプロに、本当においしいお米の選び方をうかがいました。
松陰神社前という町の黎明期に創業
櫻井喜明(以下、櫻井) どうもどうも、こんにちは。
── 待っていてくださったのですね! ありがとうございます。
櫻井 こうやっていつも店先に座って、お会いするひとに挨拶しているんです。今日はうちの店とお米のこと、それからこの町についてお知りになりたいということですよね?
── そうなんです。まずはお店の成り立ちから、教えていただけますか?
櫻井 ここ櫻井精米店はうちのじいちゃんが昭和3年頃に開きました。商店街前の通りはコンクリートの道ですけど、当時はじゃり道と原っぱだらけ。駅はあったけど、風呂屋さんとうちがあって、今はタバコ屋さんのところに下駄屋さんがあった。それ以外は空き地だったそうです。ですからこのあたりは「米屋の原っぱ」と呼ばれていました。当時馬車が走っていましたから、道の角っこには馬糞が落ちてたそうですよ(笑)。
── 昭和初期からやられているのですから、お米屋さんとしての歴史が長いですよね。
櫻井 うん。だから松陰神社前っていう町ができる黎明期に店を始めたのかもしれないですね。その当時は顔も知らない相手のところに嫁入りするのが普通だったみたいで、うちのばあちゃんは「じいちゃんとは嫁いだその日に初めて会った」と言うから、驚きましたよ(笑)。でも仲良くやっていたんでしょうねぇ。そのあと父親が2代目として家業を継ぎました。昭和の時代のお米屋さんという感じでね。
原動力は“この野郎!やってやるからな”
── 櫻井さんご自身は、学生の頃から家業を手伝っていたんですか?
櫻井 はい、アルバイト的な感じで。でも高校生の頃、バイクで通学中に事故に遭いまして(笑)。それで6か月くらい長期入院をしました。手術の時は本当に危なくて、親族一同がベッドの周りで最期を看取りに来てくれていたのは記憶にあるんですよね。
集中治療室で手当てを受けて目が覚めたら、目の前にはシャンデリアみたいに点滴とか輸血パックが吊り下がっていました。ちょうど麻酔が切れてくる頃で全身に痛みがわたってね。まさか自分がそんな大変なことになっていたのか……って、びっくりしましたよ(笑)。
退院してから10年くらい経った頃、父を支えていた母が亡くなりまして、それまで手伝っていた家業を継ぐことになりました。
米屋は力仕事でもあるので、今でも痛むところはあるんですけどね。やっぱり退院する時に「米屋は身体に負担をかけるし無理でしょうから、他の仕事を探しなさい」って医者に宣告されたんです。その時に“この野郎!やってやるからな”って心のなかで思った(笑)。
他の仕事をしていたほうが楽だったかもしれないけど、負けん気があったから家業を継いだし、今も米屋を続けられるのかもしれませんね。
本当においしいお米は産地で選ばれない
── 僕の地元にはお米屋さんがないんです。
櫻井 あぁー、そうですよね。いまや米屋なんか“天然記念物みたい”になっちゃってるんですから。
業務用としてたくさんのお米を仕入れてお客さんのもとに届けていたのが、父の代までの米屋です。僕が継ぐ頃にはこだわりの逸品を扱う米の専門店みたいになってきています。今はそういう時代の節目にあたるのかな。
僕が幼かった頃の店では、いろんな商品を並べてスーパーみたいに積み上げていたんですよ。当時の米屋さんは今でいうコンビニみたいな存在だったでしょうから、米以外にも味噌だの醤油だの、砂糖や塩だの、あとペットフードなんかもあって。
だけど今はそういう商売は基本的にしなくなりました。米だけを売っています。商品として扱っているコシヒカリをとっても、例えば福島県の会津でつくられている渡辺大さんのお米を仕入れさせてもらっています。会津のコシヒカリと表記して売り出してしまえば他のコシヒカリと同じですけど、僕はつくり手までこだわりたい。値段がやや高めになっても他のお米よりは絶対うまいぞって思えるので。それがお米選びの最低基準ですね。
櫻井 ところが最近は炊飯器が良くなったことで、どんな米でもいい感じに炊き上がりますよね。でも、調理器具だけいいものを選んで、できるだけ安いお米を食べるなんていうのは本末転倒ですよ。本質は素材のお米にあるんですから。
だからこそ米屋として、全国でつくられているものの中から、おいしいお米を目利きしてお客さんに届けたい。おいしく炊くにはどうしたらいい?って、お客さんに聞かれたら答えられるくらいの知識もつけておかなきゃならない。
“お米は値段が違うだけでどれでも同じだ”って、生意気にも思っていた
── お米の研究をかかさず、選りすぐりのお米を提供し続けられるのはどうしてでしょうか?
櫻井 “お米は値段が違うだけでどれでも同じだ”って、家業を手伝い始めた頃は生意気にも思っていたわけですよ。でもある時に、川永さんという農家さんがつくっている(新潟県南魚沼市)塩沢町産のコシヒカリを食べた瞬間、「うわぁ、お米って甘いんだな」って、感動したんです。
それがきっかけになって、産地だけでなく生産者までこだわるようになりました。伊勢神宮が式年遷宮をやるときの奉納米になったお米ですよ。
── 由緒あるお米なんですね。
櫻井 うちでも相当長くお付き合いさせてもらっている農家さんのお米です。こんなふうに一言で「新潟県魚沼産のコシヒカリ」といっても、さらに細かい産地があって、生産者さんがたくさんいるんです。中にはものすごく値段が高いお米もありますが、さすがに普段の生活で、そんな高価なお米には手が出ませんよね。ですから無理せず買える価格で、本当においしいお米を選ばせていただいています。
こんな調子で商売しているもんですから、あちこちに手を出せるわけではありませんし、お店もそんなに広くはないので、“これめちゃくちゃおいしいな!”と思っても、なかなかすべてのお米を店では紹介しきれないんですね。それでもなんとか米でメシを食いたいと思って、一生懸命、知恵を絞っている日々です。
お話をうかがったひと
櫻井 喜明(さくらい よしあき)
昭和初期創業の櫻井精米店・3代目。お米マイスターを取得したお米のスペシャリスト。全国の農家をまわりお米を入荷。店頭精米コーナーには常時9種類以上の各地の選りすぐりのお米を陳列している。
このお店のこと
櫻井精米店
住所:世田谷区若林4-26-1
アクセス:陰神社前駅から、松陰神社の方向へ歩いて1分
電話:03-3421-9417
営業時間:10:00〜18:00
定休日:日曜日
※臨時休業や営業時間変更がある場合は、早めに店頭にて告知しています。
公式サイトはこちら