ワイシャツ、好きですか?
「山本ワイシャツ店」さんにお話を聞きたい!と思ったのは僕(編集部・くいしん)自身シャツが好きで、日頃から襟付きのシャツしか着ないと決めており、年に350日くらいは襟の付いたシャツを着ているからです。
ファッション好きからはもちろん、ファッション業界関係者からも支持を得る伊川孝次さんのワイシャツは映画の衣装として多くの作品で使用され、近年では『人間失格』(2010年)『日本のいちばん長い日』(2015年)『図書館戦争 THE LAST MISSION』(2015年)などで使われました。
伊川さんは1943年(昭和18年)生まれ。今年で74歳です。目黒にあった親戚のお店「山本ワイシャツ店」で修行したのち、松陰神社前にご自身のお店を出します。
お店に訪れるお客さんは幅広い年齢層でシャツにこだわる若いお客さんも多く、世田谷や杉並など近所の町からはもちろん、川崎、横浜、所沢など遠方から訪れる方もたくさんいるそう。
シャツの注文の仕方や松陰神社前の歴史についてはもちろん、シャツにある刺繍の数字の秘密、オーダーシャツのいいところなどなど、ワイシャツに関するあれこれを、たくさんうかがってきました。
俺の話を聞くの!?
── もともとは別のお店で修行されて、ご自身のお店を松陰神社前につくられたというのをうかがいました。
伊川 俺のことなの?
── えっ! そうです。
伊川 俺のこと? 店とか仕事のことじゃなくて俺のことなの!?
── そういう媒体でして……(笑)。
伊川 そんなの聞いてどうすんの?(笑)。
── ふはっ(笑)、記事にしたいなと思っています。
伊川 だって、一代で財をなしたとか成功したというのがあれば話してもおもしろいけど、俺はそんなのないよ。
── でも、そんなことないですよ。映画で衣装が使われたりとか。
伊川 それはひとつの商売の中の流れだね。
── そういう意味では、伊川さんのことだけじゃなくて、商売の流れとか、松陰神社前のことをお聞きしたいんです。
伊川 田舎から出てきて、仕事を覚えて、ここに店を持った。それだけよ。じゃあなんで世田谷かって言ったら、たまたま(笑)。
なぜ松陰神社前を選んだのか
── 物件を探したときのこととか覚えていますか?
伊川 探したんだろうね。ぜんぜん覚えてないけど(笑)。
── それまでは松陰神社前に訪れたことはあったんですか。
伊川 ない。世田谷なんて足を踏み入れたことがなかった。わからないね。なんで選んだのかわからない。
── 建物を見て「ここだ!」って思いましたか。
伊川 松陰神社前になんで来たかはわからない。覚えてないよそんなん。そもそもどこから電車に乗ったのかすら覚えてない。たまたまだろうねえ。
── じゃあ、特に松陰神社前がいいとか思ったわけではなく?
伊川 そんなことはないです。
昔は商店が多くてもっと賑わっていた
── どういう印象だったか覚えています? 町の印象とか。
伊川 町は、今より賑やかだったことは事実だよね。今より商店もいっぱいあった。神社から下にもたくさんあったしね。
── 駅から歩いて松陰神社より先へ行くと、お店は少なくなりますね。
伊川 今は住宅ばかりでしょ。なんで松陰神社がネットで騒がれているのか全然わからないもん、住んでいると。
── あっ、騒がれていることご存知なんですね。ここ2、3年、若いひとが増えたとか、僕らみたいに取材に来るひとも多いかと思うのですけど。
伊川 子連れのひとは多いね。1歳2歳3歳くらい。つい5、6年前まではそんなにひとがいなかったけど、今はすごく増えたね。
── 子育てがしやすいんですかね。
伊川 どうなんだろうね。でも多いことは事実だよ。姪っ子が「おじさん今、松陰神社ってネットで炎上しているんだよ」って言ってたよ。
── 炎上ですか(笑)。炎上ではなくて、流行っているんじゃないかと思います。お客さんはどれくらいの世代の方が多いですか。
伊川 うちは若いひとから年寄りまで来る。20歳くらいから、こないだ来たひとは93歳って言っていたよ。
── すごい。
伊川 戦争に行った話をしていた。お客さんは、千差万別。
「洋服の並木」さんでスーツをつくった若いひとが来る
── 若いひとはどういうきっかけで来るんですかね?
伊川 こだわりのひとっているじゃないですか。そういうひとよ。
── 僕も20代前半までモッズのファッションが好きだったので、もともとは「洋服の並木」さん(世田谷区の梅ヶ丘にあるオーダーメイドスーツ屋さん)とか好きで。
伊川 うん。並木さんは、うち、よくしてもらっているからね。
── というのを「せたがやンソン」で読ませてもらいました。並木さんでスーツをつくって、シャツを伊川さんにつくってもらいに来るひとが多いんですよね。
伊川 そういうひとは多い。ありがたいことですよね。ワイシャツをつくりたいっていうと「あそこ(山本ワイシャツ店)行け」って言ってくれるらしいんですよ。
── 男性の方が多いですか? 女性も来ますか?
伊川 若い女性も多いよ。こだわる若いひとは細身が好きで、パンパンにするのがいいってひとが多い。
── 女性でワイシャツをオーダーする方は仕事用ですかね?
伊川 いや、ファッション。そういう洋服が好きな人たち。
── そういう洋服というのは、ヴィヴィアン・ウエストウッドみたいなファッションですかね?
伊川 そういうひとも多いと思うよ。ボタンなんかもこだわるひとが多くて、昔だったらボタンは当然白なんだけど、今のひとは色を変えるんだよ。
── 昔よりもいろんなバリエーションを求める方が増えたんですね。
伊川 今のひとは胸のポケットを付けないひとが多いんだよ。
── あっ。僕もポケットがないシャツをたくさん持っています。
伊川 だからちゃんと「ポケット付ける?」って聞かないとね、なんでポケット付けたんだってことになるから。
── シャツの世界にも流行り廃りがありますね。
伊川 時代の流れなのかね。ボタンダウンが流行りで一時は半分ボタンダウンだった。今は少なくなったけど。
シャツにある刺繍の数字の秘密
── ちなみに生地って何種類くらいから選べるんですか。
伊川 生地何種類でもある。何百種類だろうね。
── 具体的な数字を示せると読んでくれるひとが想像しやすいのですが、具体的な数字は……?
伊川 わからない。
── なるほど。
── はぁー、すごい。たくさんありますね。
伊川 これをこうやって一枚一枚めくってね、生地を選ぶのに30分かかるひともいますよ。
── そうですよね。これは楽しいなぁ。
伊川 うちのお客さんは、何回もつくってるひとはパッと生地を見て選んで「じゃあこれとこれとこれで、この3枚でいくら?」って言うんだ。
── えっ、すごい。お金持ちですね。
伊川 「◯◯円です」「じゃあこれ」といって財布からお金を出して置いていくひとが多いな。俺らの感覚でいったら、5万6万の買い物するのに一応考えちゃうでしょ?
── そりゃ、考えますよね。
伊川 けど、そういうひとは考えないんだね。5万の買い物するのに3分で帰るひともいるしね。
── すごい。採寸して生地を選んでこれでお願いしますって言って、どれくらいで完成されるんですか。
伊川 10日は見てもらうことにしてる。
── この数字はなんですか?
伊川 ずっとうちのばかりつくってくれているひとはね、どれが古いのでどれが新しいのかわからなくなっちゃうでしょ。
── なりますね。
伊川 どれが新しいんだっけなって迷うでしょ。だから日付を入れておくわけ。「29.2」って。
── あああー! そうしたら「平成29年の2月につくった」ってわかるんですね。
伊川 そう。これがお客さんに割と評判いいんだよね。
フルオーダーシャツのいいところ
── 山本ワイシャツで作ると、何が一番他と違うんですか? やっぱり着心地ですかね。
伊川 うちに限らずフルオーダーのところは、着心地だろうね。着やすいよ。
── 持ちもいいですか。
伊川 長持ちするね。生地がいいから。ワイシャツの生地は、たしかに安い生地もあるんだよ。
── ご自身のこだわりは、どういうシャツが好きとかあるんですか。自分で着るときに。
伊川 自分で着るときはそんなこだわりないですよ(笑)。
── 今日着られているのも、ご自身でつくられたものですか?
伊川 そう。年齢の割には派手だよ。
── ははははっ(笑)。今っぽいですよね、袖口のボタンとか。経営的な意味で、大変だった時期とかありますか?
伊川 毎年、毎日、大変ですよ(笑)。
真面目に一生懸命やる
── ずっとお店を続けてこられて、コツというか、なんで長く続けられたのかとかってありますか。
伊川 なんで長く続けられたろうねぇ。まあ、真面目にやってたからじゃないの。
── やっぱり純粋にシャツの質がいいというのはありますかね?
伊川 そう言ってもらえるとありがたいけどね。何十年も続けて買ってくれるお客さんもいて、それは嬉しいことなんだけど、真面目にやったからこそだよ。
── 真面目にやったからこそ。
伊川 手を抜いたら、安いのが他にいくらでもあるから、そっちを買うよね。オーダーシャツの世界はね、そう変化はないんです。一生懸命、一枚一枚シャツをつくるだけですよ。
お話をうかがったひと
伊川 孝次(いがわ たかつぐ)
1943年(昭和18年)生まれ。目黒にあった親戚のお店で修行したのち、1974年(昭和48年)に「山本ワイシャツ店」を創業。
このお店のこと
山本ワイシャツ店
住所:世田谷区若林4-27-15
電話番号:03-3413-9304
営業時間:9:00~19:30
定休日:日曜
公式サイトはこちら