「そういえば、聞いた? ロッタちゃんがね……」
「うん、閉店するんだってね」
「閉店っていうか、おやすみして、また再開するらしいよ。喫茶店みたいな形にしてひとりでお店を見られるようにしたいんだって」
「そっかぁ。じゃあオープンした頃の状態に戻るってことね」
「そうそう、だからロッタちゃんがなくなっちゃうわけじゃないみたい」
「なぁんだ、よかった」
わたし(編集部・立花)が、松陰神社前の喫茶店「旭屋パーラー」さんで、次の取材までの時間を過ごしていた時、後ろから聞こえてきた何気ない女性2人の会話。
“ロッタちゃん”というのは、この会話を耳にした日の数日前に取材をさせていただいた「café Lotta(以下、カフェロッタ)」さんのことだと、すぐ分かりました。
2017年2月20日を以て、一旦お店を閉じることを決めた“ロッタちゃん”生みの親の、桜井かおりさん。
かおりさんは長い葛藤の末、1ヶ月のリニューアル期間を経て3月から“ロッタちゃん”を新しい形で生まれ変わらせることに決めました。
そのお店の歴史は、かおりさんの人生と重なり合い、“ロッタちゃん”という女の子が生まれて大きくなっていくまでのバイオグラフィーそのものです。
(以下、桜井かおり)
今年で16歳のロッタちゃん
今年(2017年)の3月22日で、ロッタちゃんは16歳になります。オープンして、16年目です。
昔は松陰神社前はもっと人通りも少なくて、お店の前も砂利道でしたし、飲食店も老舗の喫茶店くらいしかありませんでした。「ここにお店を出すなんてとんでもない!」って反対されたくらい。
それでもこの町を選んだのは、主人のお店が近所にあるのと、保育園が近かったから。主人は「カフェ アンジェリーナ」という喫茶店を持っていて、私がやきもちを焼くくらい、自分のお店を大切にしているんですよ。
結婚する前は飲食店の仕事なんて一度もやったことがなかったけれど、彼のお店を手伝ううち、お菓子や料理の勉強を始めて「私も自分のお店をやりたい」って思うようになって。主人も大賛成してくれたんです。
お店の名前は、彼のお店よりもうちは小さいから、アンジェリーナの妹みたいな存在になるといいなと思って「カフェロッタ」って名付けました。
ずっとずっと、喫茶店をやりたかった
じつは私、飲食店というより喫茶店がやりたくて、ロッタちゃんを始めたんです。どうして喫茶店かっていうと、私自身が喫茶店、大好きだから。
喫茶店って、お店のご主人の世界観がぎゅっと詰まっているでしょう? それにご飯を食べに行くとか、お酒を飲みに行くっていうよりは、お店のマスターに会いに行っている感覚になるっていうか。マスターと話したり飲んだりできるから、洗練されたカフェよりも、昔から喫茶店が好きなんです。
だからロッタちゃんも、「こんにちは」って気軽に挨拶し合ったり「ママ、元気?」ってお客様とおしゃべりできたりする喫茶店にしたいなと思って、オープンしました。
今もね、お客様に「ロッタママ」って呼んでもらえるんですよ。とっても嬉しいんだけど、お店が忙しくなってくると、お話する時間が取れなくて。家族もいるから、夜まで営業しているとはいえ、なかなか毎日一日中お店にいられないの。
そうすると「かおりさんとお会いできなくて残念だったわ」と言っていただけるんですよね。……その度に、嬉しい反面、胸がぎゅーってなるんです。申し訳ないなって。
今はお食事がメインで、たくさんのお客様に喜んでいただけています。でも、お店を続けるうちに、お食事のメニューを優先するよりも、お飲み物とパンとかケーキでおもてなしして、私が毎日ロッタちゃんに居られるお店にしたい。1年くらい前からだんだんと、そういう思いが強くなっていきました。
ロッタちゃんは本当にたくさんの方に愛されているから、私、贅沢なことを言っていると思う。でも、お客様ときちんと挨拶をしたりお話ししたりできる時間を、大事にしたかったんです。
だから、ロッタちゃんをオープンした頃の「喫茶店をやりたい」っていう初心に返って、2月20日に一旦お店を閉めて、3月中旬に、もう一度ロッタちゃんを始めることに決めました。
商店街にお店を出すということ
基本に戻ろうかと思い始めた頃、近所のお店や仲間たちに、すごく背中を押してもらいましたね。「ハイムッシュ」の大石さんって、ご存知ですか? 彼のお店の世界観が、私は大好きでよく行くんですよ。大石さんにもロッタちゃんのことを相談していました。「喫茶店スタイルに戻そうと思う」という話は、もしかしたら大石さんに一番最初にお話したかもしれません。
本当はね、すごく不安。「前の方が良かった」って言われたらどうしようって。
でも、ロッタちゃんを続けていくためには、私が健康でなくちゃいけないでしょう。今はお店の2階と1階を行ったり来たりできるけど、いつか階段も登れなくなるかもしれない。
未来のことを考えると、タイミング的に変わるなら今かなって思いました。
長い間お店を続けてこられて、本当に良かったなぁって思うのは、ロッタちゃんに初めて来たのが3歳だった子が、今はもうハタチになっていて、今でも来てくれること。子どもだった子が、彼女を連れ来てくれるとか。すっごい幸せですね。
同時に、商店街にロッタちゃんを出して、良かったなぁって思うんですよ。一見さんがたくさん来るところも楽しいかもしれないけど、町に知り合いや友達がたくさんいて「お子さん大きくなりましたねぇ」って声をかけ合える町の雰囲気が、私はすごく好きです。
ただ、注目されている町だから、ひとの出入りも激しくなったなって思います。16年前は、まさか今、こんなに賑わうようになるなんて想像していませんでしたしね。
ロッタちゃんを開く前、私は周りのお店へ一店一店回ってご挨拶に伺ったんです。それが商店街でお店をやる上での礼儀だと思ったから。当時は若造だったけど、いつのまにか古株になっちゃった(笑)。
だから、新しく松陰神社前に入ってくる若いひとたちに、私が伝えられることを伝えていかなくちゃと思って今回の取材もお受けしようと思ったんです。
ロッタちゃんは、私の子ども
伝えると言えば、私、いつか本を出したいんですよ。子育てをしながらロッタちゃんを16年間やってきたのもあって、友達から子育てと仕事の両立とか、プライベートの時間の確保とか、いろんな相談を受けてきました。子どもを育てながらお店をやるのってとても大変な日々だけど、やりたいこと、できるよっていうことを本に書いて伝えたいな。
あとは、旅も好きだから、旅の本も書きたいですね。観光地を巡るガイドブックじゃなくて、カフェのオーナー目線で楽しむ、マニアックな旅の本。おもしろそうじゃない(笑)?
やりたいことはいっぱいあるけど、まずは3月に改めてロッタちゃんをオープンするまでは、準備をがんばります。動けなくなるまでは、ロッタちゃんを続けたいですね。
そうそう。最近、長男がコーヒーに興味を持ち始めたんですよ。私はお店を継いでほしいとは言わないし、息子の好きに生きてほしいと思っているんですよね。でももしお店を継ぐとしたら、名前はぜひ変えてほしい。息子も「ロッタはママのもの」って言ってくれているんです。ロッタちゃんは、私の子どもみたいなものだから。
3月から、どんな風になるかまだ分からないし、すごくドキドキしています。1人でお店に立つとなると、ますます病気はできないですしね。
今のところ、ロッタちゃんは18時までオープンするスタイルにして、そのあとは今までどおり飲んだり友達と会ったり、そういう時間を大事にしたいと思っています。
仕事を理由に何かを犠牲にしたくないし、ロッタちゃんのこともプライベートの時間も大好き。どんな時も楽しく過ごすのが、私の生き方だから。
(写真/タクロコマ)
(文/立花実咲)
お話をうかがったひと
桜井 かおり
2001年にオープンした「café Lotta」のオーナー。パリと台湾が好き。夢は連載を持つこと。Instagram:@kaorilotta