旬と遊ぶ

【島根県海士町】鳥への愛は海を超え、渡り鳥への愛は島を超え

鳥への愛は海を超え、渡り鳥への愛は島を超え──というタイトルの通り、「野鳥への愛は誰よりも深い」と常日頃豪語している編集部員が、鳥を愛してやまない、島根県の隠岐の島で自然保全活動をしている「NPO法人隠岐しぜんむら」の代表、深谷治(ふかや はじめ)さんに、ライフワークである渡り鳥の研究についてうかがいました。

リスキーな経路を選ぶ渡り鳥たちがいるようだ

── 今日はお話できるのをすごく楽しみにしていたんです。なんたって私、野鳥愛好家ですから。はるばる海を超えて深谷さん会いに来たので、先生と呼ばせてください。

深谷治(以下、深谷) ……そうなんですね。いいですよ。

── ええ、そうなんです。「隠岐自然村」の代表として環境保全の仕事以外にも、先生は渡り鳥の研究をなさっていると。

深谷 そうそう。渡り鳥の研究をライフワークにしています。渡り鳥は夏鳥、冬鳥、旅鳥に分けられます。一般的に冬鳥は、冬越を終えて春になると繁殖のために日本列島を北上していきます。逆に夏に見られる夏鳥の場合は、秋になると繁殖のために日本列島を南下していきます。たとえば北海道から南下して関東地域や、沖縄あたりまで渡る鳥もいます。

深谷治

── そんな朝飯前の知識を披露されても、困ります。私が知りたいのは、先生の好奇心を駆り立てるポイントです!

深谷 渡り鳥にとっては、日本列島を移動していく方が渡りやすいはずなんだけど、なかには本土ではなくて、わざわざ隠岐の島に来るような離島間を渡る鳥がいるんだよね。

── ご冗談を! あえて、リスキーな経路を選ぶ鳥がいるとでもいうのですか?

深谷 そうです。ぼくの今の研究テーマは、なぜ基本的なルートではなくて島と島を渡るタイプの渡り鳥がいるかを調査すること。リスキーだと君が仰るように、海士町から次の島までは、隠岐の島後(どうご)を超えたら佐渡まで飛び続けないといけない。佐渡まで島がないからね。

── そんなのありえない。絶対に認めない……! 本当に島後から佐渡島まで鳥たちは渡っているとする根拠はあるのですか?

深谷 まだ、調査不足ではっきりわかっていませんが、小さな島は面積が小さいからこそ、そこに立ち寄る渡り鳥がよく見えるよね。他にも石川県の舳倉島(へぐらじま)や山形県の飛島(とびしま)は、渡り鳥のメッカです。南下する渡り鳥を観る場合は、太平洋側がポイントのようです。

── 島まで渡り鳥を観に来る人たちがいるとでも?

深谷 マニアの人たちは、渡り鳥が飛来する春と秋の時期に大挙して島に訪れるんよ。

── 先生はオカルトのような議論を仰る……。

深谷 だから、ちょうど今の時期がすごいんですよ。とても小さな島なのに、バードウォッチャーで大賑わいなの。そんなに認めたくないなら、ぜひ行ってごらん。

── はい、ぜひ訪れてこの目で確かめたいと思います。本土ではなくて島を渡る鳥たちは、鳥の種類で分けられるものなんですか?

深谷 いや、それがまたおもしろいところで、同じ個体(=種類)でもタイプがあるんだよね。たとえばヒヨドリでも、より北上する個体ほど、身体が大きいタイプになる。同じ種類だからといって鳥の習性を決めつけることができないとわかったから、隠岐の島に飛来する渡り鳥のタイプを調べています。

── どうやって調査をするんですか?

深谷 基本的には、バンディングというかすみ網を使って渡り鳥を捕獲して、その後、標識や特別な調査の場合には発信機を付けて自然に帰します。渡り鳥の行動を追跡することによって、おなじ種類の鳥でも、タイプが違うということがわかる。海士町にやってくるような離島間を渡るタイプの渡り鳥は、北上するのにショートカットをしているタイプなのかもしれない、ということが調査からわかってきたんだよね。本土を渡るよりも距離としては短く、そのぶん早く目的地に辿り着けるんだろうと思います。

鷹の渡りには、ロマンがある

隠岐の島で見られる隼
隠岐の島で見られる隼(はやぶさ)

── 私の愛鳥っぷりは先生にも負けません。この間はサシバの渡りを観てきましたよ。茨城県の県南地域の北側にある峠から、列をなして弧を描くように、風に乗って山頂上空まで登り、一斉に飛んでいきました。それは美しい光景でした。

深谷 楽しいですよね、鷹(タカ)の渡りは。多いところだと1日何全羽もの鷹が、群れをなして飛んでくるんですから。

── すごい迫力です。地域によってはなかなか猛禽類を観られないので、バードウォッチャーにとって、鷹の渡りはまさに「お祭り」と言えるのではないでしょうか。

深谷 うん、ロマンがあるよね。鷹の渡りを観るときには、羽数をカウントする人と写真を撮る人がいるんだけど、カウントすることはとても大事だよ。

── それは、なぜでしょう?

深谷 どこのルートを、何羽渡っているのかを調べることで、守らなければいけない地域が見えてくるわけです。

── なるほど。生態系が育まれている地域を鷹の渡りから調査すると。

深谷 ご名答。たとえば茨城県でサシバを観られた場所で、そのシーズンに数千羽が渡ったとすれば、飛来先でもカウントをして、全ての個体が同じ場所に渡っているか、あるいはそうではないという、渡り鳥の繁殖地と冬越地との整合性を計ります。そうすると渡り鳥のさまざまな生態が見えてくるわけです。

── やはり生態を知ることが、私たちの好奇心を駆り立ててきますよね。

深谷 野鳥の観察を楽しむことはもちろん大事。その楽しむ気持ちと同時に、鳥たちが暮らす地域を大切にするという視点を持つことを忘れないでね

先生を惑わす神秘的な野鳥「カラスバト」とは

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カラスバト

── 先生、この島でいちばん魅力的な野鳥を教えてください。

深谷 そりゃあ、カラスバトでしょう。

── カラスバト?

深谷 気温が暖かい離島にしか生息しない鳩です。全体は黒くて、青い光沢のある神秘的な鳥。

── 一見すると、まったく神秘的ではないじゃないですか?

深谷 カラスバトが神秘的なポイントは……まずね、暗い森から出てこない。でも周辺に人は住んでいても構わない。

── わがままな鳩ですね。

深谷 無人島にしか生息しないなら、「うん、そうだよね」と理解できるじゃない? でもそうじゃなくて、人がいてもいいけど、人に会おうとしない。つまり人が好きなわけではないのに無人島だけでなく、人が暮らす離島にも生息している。そういう神秘的なところが大好きで研究していたんだけども。

── カラスバトが離島にしか生息しない理由はわかったのですか?

深谷 結局よく理由はわからないんだよね。でもひとつ推測しているのは、カラスバトの餌を付ける植物が離島に多いからだろうと仮説しています。鳩は繁殖期になっても植物しか食べないんですよ。他の野鳥の場合、繁殖期になると虫などの動物性タンパクを食べるのが当たり前なんです。

── そうですね。でも鳩は、特にベリー類の木の実を食べることが多かったはずです。

深谷 だから繁殖期の春から夏の時期に木の実をつける植物がもともと離島に多いから、離島を選ぶようになったのではないかと。

── つまり本土の内陸部だと、真夏に実をつける植物はとても少ないということですね。

深谷 そうです。でも沿岸部には、木の実をつける植物がたくさんある。繁殖期に大切な食料を広い範囲で確保できるという理由から、離島を選ぶようになったのだろうと思っています。

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── そういう仮説を立てて考えていくのは、とても面白そうですね。しかし、その仮説では矛盾が生じないでしょうか? 冬場になれば、どんぐりやナッツなどの木の実類は全国のどこにでも見れるじゃないですか!

深谷 深い洞察だね。そうすると、冬は本土に渡って餌を探しても良さそうだよね。なのにカラスバトは離島間での移動をするにもかかわらず、本土には行かない。

じつは沖縄から韓国の鬱陵島(うるるんとう)に移動している個体が相当数いるんじゃないかという話なんだよね。繁殖期には鬱陵島にたくさんいるのに、冬になると個体数が減ってしまって、沖縄にどっと増えるんです。だから鬱陵島へと移動している数がいるのではないか、と。でも変でしょう? わざわざ遠くにある沖縄に行かなくても、距離の近い本土で暮らせばいい。韓国の大陸側でもいい。不思議だと思うんだけどね。

── 先生を惑わす魅惑の鳥に、だんだん好意が湧いてきました。

深谷 神秘なんです。こんな鳥はいないんですよ。海鳥が「島」でしか繁殖しない理由は、海に囲まれているから当然だと思います。伊豆諸島や南西諸島にしかいない固有種は別として、内陸の鳥で、西日本全般の島に分布しているのにもかかわらず、無人島ではなく人の暮らす離島にしか住まない、そんな鳥はいないんですよね。

── 人の暮らしとの距離感というのも、じつに興味深いですね。引き続き調査を続けてください。

深谷 はい。

── そういえば取材前に、観たことのない鳥を撮影したんです。写真を見てもらえますか?

深谷 いいですよ。

(……その後、ふたりの鳥談義は朝まで続きました。)

お話をうかがった人

深谷治さん

深谷 治(ふかや はじめ)
愛知県出身。平成10年に隠岐の島移住。野鳥植物愛好の趣味が高じて自然保護の想いから、エコツーリズム活動を始める。ネイチャーガイドとして来島者に隠岐の自然の魅力を伝えたり、環境教育講師として島内外の小中学生、大学生、教職員の方々などを対象に生態系の仕組みや動植物の見えざる能力などを面白おかしく伝える。自然だけでなく、隠岐の歴史や文化なども織り交ぜながら、豊富で立体的な知識と匠な話術で、参加者の興味関心に合わせた解説を行うことをモットーにしている。蕎麦打ち職人、燻製職人、ネイチャーフォトグラファーの顔も持つ。

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小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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