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【島根県海士町】ならではの資源で持続可能な産業を。株式会社ふるさと海士・奥田和司

「一次産業が衰退してくると、多くの人が観光に力を入れようと息巻きます。でも、観光と一口に言っても、何をどう具体的に打ち出していけばいいか分からない。それは、地元に埋もれた良質な資源を見極められていないからです」

島根県海士町の「株式会社ふるさと海士」(以下、ふるさと海士)の奥田和司さんは、そう話します。今でこそ、海士町で採れた新鮮な岩牡蠣や白いかを日本各地に出荷している「ふるさと海士」ですが、そこまでの道のりは決して易しいものではありませんでした。

島の食材が海士の未来を救う?

海士町で採れた岩牡蠣は、食べましたか? おいしかったでしょう。「いわがき春香」は、今は島の名物です。

海士町でとれる岩牡蠣
海士町でとれる岩牡蠣

ですが「春香」をはじめ、島の特産物がブランドものとして世に出るまでは、いろいろありました。もともと岩牡蠣や白いかは、漁師さんたちが収穫していた海の恵みです。でも、数年前の地元の人たちは、まさかそれが観光資源になるとは思ってもみなかったんですよ。

すでにある産業には目を向けず、漁業の後継者問題が浮上すると、もう一次産業はダメだから観光業に力を入れよう、という声が上がり始めました。でも、観光の目玉となるものやPRすべきものを見極められずに二の足を踏んでいた。そのうち、手間ひまをかけて地元のものを磨き、それらを地元で消費していこうという、ごく当たり前の結論にたどり着いたんです。

奥田和司さん
奥田和司さん

でも、口では簡単に言えるけど、すぐにできるわけじゃない。まず何に着目すべきかを、漁師さんたちと話し合いました。その中で、岩牡蠣をブランディングして卸せないかという話題があがり、同時に「CAS(キャス)」のことを知りました。

海士町にあるCAS凍結センター
海士町にあるCAS凍結センター

CASというのは「Cells Alive System」の略で、磁場エネルギーで細胞を振動させることで、細胞組織を壊すことなく凍結させることができるシステムのことです。これを使って、岩牡蠣や白いかを凍結させることで、多少時間が経っても鮮度を保ったまま遠く離れた場所にも届けることができます。

CASを使うことで、食材の鮮度はもちろん、島の他の課題解決にもつながると思いました。加工工場を設置すれば、島に雇用が生まれる。さらに地元の人に馴染みのある食材ですから、地産地消の流れもつくれるし、ブランド化することで観光PRにもなる。三方よしの仕組みを、CASから作れないかと考えたんです。

CASに岩牡蠣や白いかを投入するところ
CASに岩牡蠣や白いかを投入するところ

もちろん、CASをすぐに導入しましょうとはなりませんでしたねぇ。漁師さんたちや地元のひとを説得するために、まずは東京の名門レストランの料理長たちを集めて、海士町産の海産物の発表会をやりました。そのとき、島で採れた岩牡蠣が周囲から高い評価を得ている事実を知り、食材のポテンシャルを実感して、CAS導入に賛同してくれる人が少しずつ増えていきました。

CAS工場内では地元の人が手作業をする工程も。
CAS工場内での作業を説明する奥田さん。工程のなかには機械だけでなく手作業も。

導入に当たっては、CASで販売する岩牡蠣は絶対に値段を落とさず年間を通して売る、ということを漁師さんと決めました。というのも、漁業というのは自然を相手にする仕事ですから、安定した量の食材を出荷できるわけではありません。岩牡蠣にいたっては、3月から6月しか収穫できる期間がありません。白いかの漁期は夏から秋ですが、月齢や天候に左右され漁獲量は大きく変動します。漁獲量によって値段は5倍くらい変わってしまう。

白いか漁のようす
白いか漁のようす

雇用創出の目的もあって始めたことなのに、安く大量に売るようになってしまったら、利益が上がらず本末転倒でしょう? 稼がないと後継者は出てこない。精神論だけでは続かない。結果を残してスゴい仕事だと理解されれば次世代にも誇りを持って伝えることができるし、続けることができます。まあ、理論的にはうまく回るとしても、自然に裏切られることもありますけどね。

新しいことを始めるのに必要なのは準備と粘り強さ

おかげで、海士町の海産物は、島の内外問わず多くの飲食店さんや、お取り寄せの問い合わせが来るようになりました。値段に関しては、漁師さんとの取り決めや海士町が島だという環境もあるから、決して安くない。でも、安いものを作ったら現場で働いている人に給料を支払えないよね。

値段の高いものをつくったり、新しいことをやろうとしたりすると、必ず批判が集まります。「そんなもの作っても売れない」とかね。でも、どんなにマイナスなことを言われても絶対引かないのが僕の信条です。だって、それくらい粘り強い姿勢で突き通さないと、島が次のステージへいけないから。

看板商品の「いわがき春香」と白いか
看板商品の「いわがき春香」と「朝どれ白いか」

岩牡蠣や白いかだって、構想が生まれてからビジネスとして安定して回り出すまで、4,5年かかっています。国から各地域への補助金が出たり、昔よりはずいぶんチャレンジしやすくなったりしたのかもしれませんが、産業として定着するには準備が必要です。ましてや、海士町は島なので、流通コストや漁獲高を考えると、圧倒的に不利なんですよね。だから、現在は岩牡蠣の加工だけでなく、海鮮フライやコロッケなど二次加工品も販売しています。続けていくには、新しいものもどんどん開拓しなくちゃいかんからね。

ひとつの地域として自立した産業を生むためには、単に新しい付加価値をつけるのではなく、手元にある資源から他の地域にはない魅力を、見極められるかどうかが鍵だと思います。他と同じことをやっても仕方ない。そしてそれをどうやって発信するか。海士の良さを最大限活かすには、押し売りせず、でも幅広くいろいろな人に受け入れてもらえるようPRしていかなくちゃいけない。

海士町は「ないものはない」島です。そういう場所で、CASという道具を使って、どこまで海士の可能性を広げていけるか。まだまだ挑戦したいことは、いっぱいありますよ。

お話をうかがったひと

奥田 和司(おくだ かずもり)
1959年(昭和34年)年海士町生まれ。工業高校土木科卒業後、海士町役場に勤務。約20年間建設の仕事に携わる。その後、産業振興関係の仕事に関わり2005年(平成17年)年より、現町長山内道雄氏とともに第三セクター・株式会社ふるさと海士を設立。現在は、同社のCAS凍結センターで、社長補佐役として商品開発や営業をおこなっている。

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立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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