【島根県海士町】特集を組んできた『灯台もと暮らし』。現在、武蔵野大学と株式会社巡の環が協働で行う「海士ゼミ」の密着取材をしています。テーマは「都会と田舎の新しい関係を考える」。学生たちと共に、座学や、フィールドワークを交えながら、2015年6月から2015年11月の約半年間に渡って海士町の未来を探ります。
思考し、計画し、行動、そして発表する場を用意された、次世代を担う若者たちの想いはいかに? 講師を務めるのは、武蔵野大学の明石修(以下、明石)准教授と、株式会社巡の環(めぐりのわ)取締役の信岡良亮(以下、信岡)さんです。
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講義一覧
- 講義をはじめる前に
- 序章:海士ゼミに参加する君たちへ「当事者としてチームで未来を考えよう」
- 第1回:地域活性には4層のフェーズがある
- 第2回:君たちは「プランB」をつくっていく世代だ
- 第3回:「人間関係を重視する」「物事を進めていく」力の両方をインストールしよう
- 第4回:「モノ」や「お金」に心を乗せて「あなたに」贈ろう
信岡良亮(以下、信岡) 前回の講義で話した「プランA」と「プランB」について、ぼく自身はどんなことを考えているのか、みんなに話したいと思う。そのためには、まず「キャズム理論」の説明をさせてほしい。
田舎に馴染める人と馴染めない人
信岡 みんなはスマートフォンが市場に現れたとき、どんなタイミングで使ったかな?
キャズム理論にのっとって、情報の受け取り手を分類分けしてみよう。
新しい製品や技術が世に生まれたときに、それを開発した人を「イノベーター」、最初に飛びつく人を「アーリーアダプター」、その次にトレンドに馴染みのある「アーリーマジョリティ」という。比較的トレンドからは遠ざかって関心がない層を「レイトマジョリティ」と呼び、最後に変化が嫌いな「ラガード」という層があるんだ。
みんなは、どこに当てはまるだろう? キャズム理論では、これら5つの分類の間には「深く大きな溝」があり、この溝を超えることができれば、新製品あるいは技術が爆発的に普及するというマーケティングの理論なんだ。詳しくは、ジェフリー・A・ムーアの著書『Crossing the chasm』に書かれています。
信岡 じゃあ、今日の本題です。この理論を田舎に当てはめて考えてみよう。
IターンやUターンで田舎に住みはじめると、「田舎に馴染める人」と「馴染めない人」に区分されて、その間には大きな溝がある。この溝を埋めていかないと、たくさんの人が関わって町づくりをしていくことが難しいんだ。
田舎にすぐ馴染める人というのは、地域の人との関わりをとても大切にする人間関係重視のA層。一方で田舎に馴染めない人は、物事を前に進めていくことが得意なB層なのです。
「どちらかの力だけ」だと、田舎で暮らしていけない
信岡 ここからは、実際に地域で起きている課題を話していくよ。
あくまでイメージの例だけど、地域おこし協力隊になる人のなかで、人間関係重視のA層の人は、移住後にすんなり田舎に馴染める。2、3年住んでみたら「ここが気に入りました!」と言う。でも、次のステップとして、田舎で暮らすには経済を回す力が必要になる。すなわち、田舎で新しいことを進めていく力が必要になるということ。そうなると、生活していくのが難しくなって住み続けられないという現象が起こる。ここに、ひとつの溝があるんだよ。
次に、物事を進めるのが得意なB層の人はどうだろう?
B層の人が田舎で暮らしはじめると、地域の人との人間関係をつくる間もなく、新しいことをはじめようとする。その結果、地域の人がB層の人を拒絶してしまうんだ。地域に馴染めないまま、「あの地域は閉鎖的だ……」と言って、B層の人たちは都会に帰ってくることになります。
不足している力をインストールしよう
信岡 このような実際に地域で起こっている課題を踏まえたうえで、ぼくは、A層とB層の間にある溝を埋める――つまり、このふたつに分けられる人たちがチームになる必要があると思う。
そうしないと、地域にたくさんの人が関わることができない、と思っています。もちろん、両者は互いに補完し合うだけではなく、相手が得意とする力をインストールしていく必要があるんだよ。
都市側のコーディネーターが必要?
信岡 人間関係重視のA層と、物事を推進することが得意なB層が、チームとしてタッグを組む――このイメージとして、地域の農家や移住関係者と、都会に暮らしている人で、プレイヤー同士が自然とマッチングすることもある。でもほとんどの場合、どうやって相手にたどり着いていいのか分からなくて、なかなかマッチングできない。
次のステップとして、地域側にも多くのプレイヤーが増えてきたので、地域の中にあるものを一定のまとまりにして都会に届ける仕事がある。
たとえばぼくらは、「海士Webデパート」という島の特産品を束ねる場所をつくったり、企業側から依頼を受けて、挑戦する地域のモデルとして、海士町を視察しに来る人たちを案内しています。彼ら都会側の人たちが地域に求めているニーズを満たすような仕事をしているんだ。このような仕事を、「地域コーディネーター」とぼくは呼んでいます。フェーズ2の地域では、この人たちが現れてくるようになる。ぼくらもちょうどそういう人が必要になってきた海士町に、タイミングよく移住しました。
地域コーディネーターをしていると、都会側と田舎側のどちらの気持ちも集まってくるようになります。両者の要望は真逆なことも多く、板挟みになるから苦しくなってしまうこともあるけれど。都会にいるたくさんの人から、「あれもやりたい」「これもやりたい」といっぺんに言われてしまうと、田舎の人たちの声も届く地域コーディネーターは、頭がパンクしそうになってしまうんだ……。
それを解決するためには、「これはできるけど、これはできないね」と都会側でもセレクトして、意見を集約できる人が必要だと思う。都会と田舎のどちらにもコーディネーターがいるだけで、物事がスムーズに進むようになる。だからぼくは今、都会側のコーディネーターという機能として、島の大使館をつくろうと思っています。
──第4回に続きます。
(イラスト/Osugi)
【島根県海士町ゼミ】講師陣について
講師:信岡 良亮(のぶおか りょうすけ)
取締役/メディア事業プロデューサー。株式会社巡の環の取締役。関西で生まれ育ち同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。Webのディレクターとして働きながら大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり、2007年6月に退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2400人弱の島に移住し、2008年に株式会社巡の環を仲間と共に企業。6年半の島生活を経て、地域活性というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全ての繋がりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、2014年5月より東京に活動拠点を移し、都市と農村の新しい関係を模索中。【募集中】海士町でじっくり考える「これからの日本、都市と農村、自分、自分たちの仕事」
ゼミ主宰:明石 修(あかし おさむ)
武蔵野大学工学部環境システム学科准教授。博士(地球環境学)。京都大学大学院地球環境学舎修了後、国立環境研究所に勤務。地球温暖化を防止するための技術やコストをコンピューターシミュレーションにより明らかにする研究に従事する。その一方で、環境問題の解決において技術的対策は対症療法に過ぎず、社会を真に持続可能なものにするためには、社会や経済の仕組みそのものを見直す必要があるのではという問題意識を持つ。2012年に武蔵野大学環境学部に移ってからは、おもに経済的側面から持続可能な社会の在り方について研究を実施。物的豊かさをもとめる人類の経済活動は肥大化し、本来あるべき地球のバランスが崩れてしまった今、もう一度自然や地域コミュニティに根ざした社会をつくりなおす必要性を感じ、そうした場としてローカルな地域での暮らしや経済に関心を持っている。
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