国土面積に対して森林が占める割合を、森林率といいます。
先進国と呼ばれる国々のうち森林率が高いのは、上からフィンランド、スウェーデン、そして日本です。
森は雨水をためる天然のダムであり、動物たちの住処でもあります。海だけでなく森も、命のゆりかごです。
わたし(もとくら編集部・立花)が暮らす、北海道下川町も町面積の9割が森林。
下川では、生活のために必要な飲食店や商店などは、ぎゅっと一つの場所にまとまっているため、普段から森の中をかき分け歩く──ということはありません。
それでも、少し足を伸ばせば一帯に森林が広がっている、そんな町です。
町内には、森林と関わりながら、なりわいを築いている人々も多く暮らしています。
麻生さんも、その一人。名古屋出身ですが、ご縁があって下川町に移住してきたのが、2010年のことでした。
下川町に移住後は、NPO法人「森の生活」に就職。
「森の生活」は、町内の子どもたちへの森林環境教育や、観光客向けの森林ガイド、町民にひらかれた森「みくわヶ丘」の指定管理などをしていたNPOのこと。
2013年には「森の生活」の代表を麻生さんが引き継ぎました。
そして、より経営的視点を以って活動を行うべく、広葉樹の木材加工・販売という新しい領域へ進出。
今では、町に欠かせない支柱の一人です。
……こんなふうに書くと、麻生さんは「僕はそんな大それたことしていませんよ」と静かに、笑うでしょう。麻生さんは、そういう方なのです。
「森林 ✕ ○○」を展開していく
── 「森の生活」の事業は、本当に幅広く森林に関わっていますよね。
麻生 そうですね。下川では、60年で1サイクルの循環型森林経営を行なっていますが、それらはすべてトドマツ、カラマツといった針葉樹です。先人たちが植えたトドマツの林の中を歩きながら、森のガイドをしたり、下川町の子どもたち向けに森林環境教育を行なったりしてきました。
地元のひとも含め、いろいろなひとに下川の森づくりを知っていただけるような取り組みをしていますが、広葉樹事業を始めたのは「森の生活」にとっても、大きな転機だと思っています。
── 下川には針葉樹以外にも、シラカバやクルミなどたくさんの広葉樹があるんですよね。
麻生 針葉樹は、主にひとが植えて世話をする人工林として育てられます。広葉樹は天然林に多く、天然林は自然の力で育ち、ひとがコントロールするのはとても難しい。
自然という神様に任せるしかない領域だと思っています。人間は、あるものを活かすことしかできない。ひとの力では、どうにもできないんですね。
例えば……リスって、頬袋に木の実をいっぱい入れて移動しますよね? その実を、転々といろんな場所に埋めて回るんです。でもどこに埋めたのか、リスは時間が経つと忘れちゃう。でもリスが忘れてくれるおかげで、広葉樹は実が埋められた場所から芽が出て大きくなる。
そんなふうに、ひとの手や知恵が及ばない世界で、広葉樹は育つんです。
麻生 今まで、広葉樹のほとんどはパルプ材として使われてきました。せっかく樹齢何十年もかけて立派になった木なのに、粉々になってしまうのはすごくもったいない。そう思って、広葉樹を乾燥させて木材として販売を始めました。
すると、この取り組みに魅力を感じて木工作家さんたちが移住してくださったり、僕と同じ想いを持った方々が関心を持ってくださるようになったりして、広葉樹を活用しようという動きが増えてきた。とてもありがたいことですね。
広葉樹の事業を始めたおかげで、木材の加工・販売から森林を活かした教育、観光まで手がけられるようになりました。
「森の生活」が提供する「森林 ✕ ○○」の、○○の幅が増えましたね。今年も広葉樹事業にはもっと力を入れて、複合的に森林の価値を届けられるようにしたいなと思っています。
森林と町の未来を見据えて
── 麻生さんには「森の生活」代表という仕事以外にも、たくさんの役割がありますよね。町の2030年のビジョンを考える「SDGs未来都市部会(*1)」にも出席されていますし、ローカルベンチャー事業(*2)にも携わっていただいています。
麻生 今はまだ無い、新しいことを考えるのが好きなんですよね。ただ、未来を切り拓くには、ひとが何よりも大事です。結果が出るのには時間がかかるかもしれないけれど、ひとが揃わないと、可能性のある産業でも広がっていきません。だからこそ地域に暮らすひと、地域と関わるひと、地域のことが好きなひとの重要性を感じて、北海道内のローカルで事業を始めたいひとに向けた、札幌での月1ゼミ「北の寺子屋」とか、ローカルベンチャーの事務局としても参加しているんだよね。
── 「誰がやるか」は、本当に重要です。
麻生 林業も、1年とか2年で結果が出るものではなくて、何十年も先のことを見据える産業じゃないですか。
── そうですね。
麻生 「SDGs未来都市部会」は毎回参加させてもらっていますが、夜、仕事が終わって集まったメンバーで3時間くらい話したあと、懇親会でごはんに行っても話は尽きない。ここ最近は、部会も2日連続ありましたね。
── ……おやすみ、ちゃんととってますか?
麻生 とってますよ(笑)。一日休みの時は、映画を観たり狩猟に行ったり……夜は五味温泉に行って、サウナに入っています。昨年末に友人に勧められてサウナを覚えました。
── 麻生さんもサウナーだったとは! 森林に限らず、町全体の取り組みに携わるようになったのはどうしてなんですか。
麻生 森林や自然が好きで下川で暮らし始め、森林環境教育や林産業に関わりながら住んで暮らしているうちに「下川で暮らしていたり、この町とつながりがあったりするひとを大切にしなければ」という結論にたどり着いたからかな。
それに今、自分ができて且つ求められていることを、やりたいと思っているからかもしれませんね。いろんな視点で考えてたどり着く答えが重なるなら「やるべきだな」って思う。
例えば広葉樹の事業なら、お客様が求めていること、下川の次の世代に継承していくべき森林や産業、ビジネスとしての伸び代──それらを鑑みて今やるべきだと思ったから、動きました。
(*1)下川町総合計画審議会SDGs未来都市部会:下川町では、2015年に国連が採択した持続可能な開発目標(SDGs)を取り入れた、「2030年における下川町のありたい姿」を策定する会議が進められている。
(*2)ローカルベンチャー事業:地域おこし協力隊制度を活用した起業家の呼び込みや、地元事業者の後継者人材を誘致する事業のこと
意志って、持たなくてもいいのかも
麻生 でも最近は、求められて動くことの方が多いかもしれませんね。なんていうのかな……最近、意志って持たなくてもいいんじゃないかって思えてきて……。そう思いません(笑)?
── えっ、そうだなぁ……少なくとも、麻生さんには確固たる意志があるように見えます。
麻生 意志って、そもそもは曖昧な概念じゃないですか。自分が「○○をしよう」と前向きに決めることを意志と呼ぶんだろうけど、それが本当に行動の動機になっているのかなって。よく分からないんですよね。
麻生 行動は、明確な社会的な現象として起こるから誰にでも分かりますよね。でも意志って、自分にとって「こうあるべき」という押し付けというか強要にもなりうるのかなって。「こう在ろう」という意志が満たされなければ、悔しいし。
そういう意志は、もう積極的に手放していきたいなと思っているんですよ。
── どうしてそう思うようになったんですか?
麻生 それが自然体なような気がしています。
最近読んだ本(*3)にあったのですが、現代の文法は能動態と受動態に分かれているんだけど、一昔前は能動態と中動態だったんですって。
当時の「中動態」って、自発的でもなく、かといって受動的でもない、だけれど同意している、というニュアンスが強かったようです。僕はこういう、「自然とそうなる」というか「なりゆきでなる」という中庸的なニュアンスで行動することの方が、日常的には多いように思います。そもそも自然界って、そうですよね。
ローカルベンチャーなどを通じて、これまでのいろんなひとたちと向き合って、相手の原体験や「なぜやりたいのか」という動機を掘り下げて聞くこともありました。そういう方法でやる気がみなぎるひともいるとは思うんだけど、なんか、人間にとってそれって自然なことなのかなって。ひょっとしたら、そうじゃないこともあるんじゃないかなって。
だから僕も、もう一人の自分と対話するときに、「自分は何がしたいんだ」という問いばかり投げないようにしようって思いましたね。もちろん、そういう掘り下げ方が必要なこともありますけどね。
── 北海道弁の「押ささる」みたいなニュアンスですね。誰にも頼まれていないけれど「つい押しちゃった」というような。
麻生 先ほどお話した「SDGs未来都市部会」は、半分役場職員、もう半分は民間の事業者さんというメンバー構成だから、町の未来に対してトップダウンではなく意見が出し合える。みんなが同じ未来を見据えながら、半官半民で町の施策を策定していくというのはオリジナリティが生まれて楽しいし、意義があると思うから参加しています。
でも「SDGs未来都市部会」という所属や「森の生活」の“代表”などの役割にこだわりすぎると、それがなくなった時「どうして生きているんだろう」って思う気がして。
(*3)『中動態の世界 意志と責任の考古学』2017/3/27発行 國分功一郎 著
ローカルはヒーローだけじゃない
麻生 こういうインタビュー記事や人前で話をする場面では、世のためひとのために頑張る、あるべき姿として切り取られることがあります。
ありがたいことではあるんですが一方で「強い意志を持って実行することこそ、地域に入るひとのあるべき姿だ」というイメージが、強化されていくことにもなるんですよね。
── そうですね。何かを成し遂げているひとは大抵光の当たらない地味なこともコツコツやっている方が多いですが、時折いきなりヒーローになったような取り上げられ方をします。
麻生 そういうイメージが地域活性化のステレオタイプみたいになっているとするなら、僕はあんまり好きじゃないなぁと思うんです。本当は、地域や、ひとのあり方って、もっと多様だから。
── 意志を掲げてグイグイ引っ張るリーダーもいれば、周りの思いを汲み取る“中庸”タイプのリーダーがいてもいいですもんね。
麻生 50年後くらいまでには、余計な意志を手放せたらいいなぁ。そして、やさしいおじいちゃんになれていたらいいなーなんて、思いますね。
お話をうかがったひと
麻生 翼(あそう つばさ)
1984年、愛知県名古屋生まれ。2010年に下川町へ移住。2013年より「NPO法人森の生活」代表として下川の森林を活かした森林環境教育や木材利用の幅を広げるなど、多岐にわたって活動中。首都圏の人材を対象にしたローカルビジネス立ち上げの伴走支援プログラム「ローカルベンチャーラボ」コースファシリテーターとして、地方での事業構想構築サポートや起業支援にも取り組む。
文・構成/立花実咲
写真/seijikazui, 荻原由佳