今は東京で生活しているけど、近い将来、移住してどこか別の地域で暮らしてみたい。
これは僕(編集部・タクロコマ)の、正直な気持ちです。移住するならどこがいいか考えたくて、関心のある土地に足を運んでみるのですが、どうやって移住先を決めればいいのか、まだよく分かりません。
「どの地域も魅力的だけど、僕にとって、移住する場所の決め手って何なんだろう……」
青森県十和田市で暮らすひとたちと会うまで、そんなモヤモヤを抱えていました。
9月の終わりに市が主催するツアーにお招きいただき、東京から空の便と陸路で約2時間半かけ、暮らしにアートと自然が寄り添った町・青森県十和田市に行ってきました。そして、東京に帰ってきた今。移住先を決めるための大事な視点を、十和田市で見つけられた気がします。なぜなら、十和田市で出会った“好き”を探求する方々の生き方に触れることができたからです。
十和田市で出会った「好き」を探求する人々
1)地域の方々とアートを活かしたおもしろい取り組みがしたい|イラストレーター・安斉将さん
表現することは好きですか?
もし答えがYESであるなら、イラストレーターの安斉将さんのように、自分のアート活動の幅を広げ、深めるために移住するという選択肢があります。雑誌、書籍、広告やテレビCMなど幅広い分野で活躍してきた安斉さんは、アートの町であり奥様の出身地である十和田市に、2010年に移住しました。
東京で携わってきたイラストレーションの仕事を続けながら、十和田市では「地域の方々とアートを活かしたおもしろい取り組みがしたい」と、個展を開催するなど作家活動を精力的に展開。その活動の中で生まれたのが、安斉研究所が実施しているプロジェクト「ウマジン」です。現在はアートの町として知られる青森県十和田市ですが、かつて日本有数の馬産地でもあったことから、その歴史を象徴する馬型のかぶりものをつくり上げました。
子どもたちとともにかぶりものをつくる「ウマジンワークショップ」や、町を練り歩く「ウマジン100人パレード」、夜の十和田をウマジンで結ぶ「ウマジンのある店」プロジェクトを実施し、ウマジンは2014年にグッドデザイン賞を受賞しました。
「今では『みんなの友だち、ウマジン』と、地域の方々に親しんでもらえるようになりました。十和田で始めたアートの活動が、ひとを繋ぐコミュニケーションツールになって嬉しいですね」(安斉さん)
2008年に開館した十和田市現代美術館は、アートが根付く十和田市の象徴的なスポット。常設展は、草間彌生、ロン・ミュエクなど世界で活躍する33組のアーティストによる作品で構成されています。
十和田市現代美術館前の、官庁街通りの向こう側にはアート広場が。屋外空間を舞台に通り全体をひとつの美術館に見立て、多様な作品が展開されています。十和田市は、アートをテーマに町づくりする「Arts Towada」を進めているのです。
2)十和田市の自然が好きだから、伝えていきたい|ネイチャーガイド・村上周平さん
十和田市は、国の特別名勝及び天然記念物に指定された「十和田湖」や「奥入瀬渓流」がある、東北を代表する自然豊かな地域です。北海道出身の村上周平さんは、ここ十和田市でネイチャーガイドをしています。
山好きな両親の影響を受け、幼少の頃からアウトドアを経験してきた村上さん。社会人になった後、幼い頃の記憶を思い出して大好きなアウトドアの世界で働くことを志し、北海道の恵庭市にあるアウトドアガイドを養成する専門学校へ入学したそうです。
専門学校卒業後は北海道のニセコ町でリバーガイドとして勤務。十和田市のアウトドア会社に声をかけてもらったことがきっかけで、十和田市に移住することになりました。
「ここに移住してから、ネイチャーガイドとしての経験と知識が増えて、より十和田市にある自然が好きになって、定住することを決めました。勤めている会社の『Nature Experience GREENHOUSE(ネイチャーエクスペリエンス グリーンハウス)』では、十和田湖でカナディアンカヌーのツアー、奥入瀬渓流と南八甲田山麓をフィールドとしたランブリングツアーを開催しています」(村上さん)
ランブリングとは、ゆったりとしたペースで、道端の小さな自然をじっくり味わいながらお散歩することです。
さらに、村上さんは十和田市に移住してからイラストレーターを独学で勉強し、デザイナー業もスタート。景勝地として知られる地域の、更なる自然の魅力を発信するために仲間と出版物をつくっています。
3)趣味を仕事へ。苔玉で奥入瀬を表現する|プロモスラー・起田高志さん
「カメラを向けられると決め顔になるのは、少し前までプロレスラーだったからです。今では争いごとをやめてプロモスラーとして、“苔玉ちゃん”をつくっています」(起田さん)
奥入瀬渓流館で苔玉(モスボール)の展示、販売、製作体験を提供する奥入瀬モスボール工房。工房長の起田高志さんは、元プロレスラーでプロモスラー(苔玉職人)という異色のキャリアを歩む人物です。
ルールの厳しいプロレス選手寮では、禁酒・禁煙。レスラー時代の休日の過ごし方は「苔玉づくりと盆栽の世話だけ」と語る起田さんは、選手引退を機に自分が好きなことを始めてみようと、2012年に苔玉制作をスタート。同年夏から奥入瀬に工房を構えました。
「奥入瀬渓流を歩いてみると、苔のむした岩がたくさんあるんですね。ミクロな視点で見ると、地元の奥入瀬渓流をつくっているのは苔玉だと気づいたんです。こんな運命的な出会いはないなと思って、苔むした岩を“苔玉”に見立て、小さな奥入瀬渓流を表現する活動をしています」(起田高志さん)
暮らすひとから地域を知る、十和田ぐらしの旅を終えて
作家活動を深めるイラストレーター、ガイドの力を養い定住を決めたネイチャーガイド、そして奥入瀬という環境を活かし、大好きな苔玉づくりを仕事にしたプロモスラー。
十和田市には他にも、有機野菜を育てながらイタリアンカフェを経営する方、東京で培ったITスキルを活かしてウェブ制作会社を経営する方など、I・Uターンして趣味や特技を仕事にしているひとたちが暮らしています。
僕は十和田市で「この地域なら自分の大好きなことができる」と思えるかどうかが、移住先を決めるひとつの基準になるのでは、というひとつの答えを見つけることができました。
移住先を決める基準が明確になれば、あとは自分の「大好きなこと」や「やりたいこと」を紙に書き出せばOKです。どの地域でなら、それらを実現できそうか、自分の目で確かめるべく気になる地域へ足を運んでみましょう!
お話をうかがったひと
安斉 将(あんざい まさる)
イラストレーター。神奈川県生まれ。美術大学卒業後、1992年から雑誌・書籍・広告・テレビCMなど幅広い分野でイラストレーターとして活躍。十和田市現代美術館を拠点にアートによるまちづくりが始まったことと、十和田市出身でヨガインストラクターである奥さんからの後押しもあり、2010年にご夫婦で十和田市へ移住。十和田市現代美術館での個展開催やArts Towada 奥入瀬プロジェクトへの参画など、アーツトワダの街づくりにも一躍かっています。安斉さんが「十和田市秋祭り」のためにデザインした「ウマジン」は、コミュニケーションツールとしても広がっておりワークショップやイベントなど様々な場所で見かけられるそう。
村上 周平(むらかみ しゅうへい)
ネイチャーガイド(ネイチャーエクスペリエンスグリーンハウス)。北海道生まれ、高校卒業後に就職。営業職などを経験したのち、自然に関わる仕事を志し、恵庭にあったアウトドアの専門学校(現在廃校)へ。2年間アウトドアガイドとしての考え方や基礎・実践を学び、ニセコでリバーガイドとして勤務。その後、十和田市のアウトドア会社に声をかけてもらったことがきっかけとなり十和田市へ移住、永住を決意する。「奥入瀬の森は上質で人にやさしく、多くの命を感じることができる森」と語る村上さんは、誰よりも十和田湖と奥入瀬渓流の自然の魅力を知っている一人。
起田 高志(おきた たかし)
奥入瀬モスボール工房 工房長。人の心を動かす仕事を志し、プロレスラーとして活躍していた起田さん。怪我による引退をきっかけにUターンをし、趣味であった苔玉づくりをなりわいとして活動を始める。その時に、当たり前だと思っていた十和田にある自然の雄大さを肌で感じ、インターネットなどで情報発信を始めたところ、たちまち人気に。現在はこけ玉づくりから広がり、自家製のひょうたんを使ったランプづくりも行っており、奥入瀬の自然を持って帰れるツールとして人気のワークショップとなっています。