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【写真が上手いひとに学ぶ #2】相手の心をひらくポートレート写真術|写真家・西山勲

これからの暮らしを考えるために【ぼくらの学び】特集、はじめます。

編集部のメンバーがこれからの暮らしを考える特集【ぼくらの学び】。ぼく(タクロコマ)は今回、写真が上手いひとに学びます。

世界のアーティストをたずねる旅をまとめた、ドキュメンタリー・マガジン『Studio Journal knock』をご存知でしょうか。この雑誌の取材・撮影から、編集・デザイン・ライティングまでのすべての工程をひとりでおこなっている西山勲さんは、写真家であり編集者、さらにグラフィックデザイナーでもある人物です。

今回は「ポートレート」をテーマに、カメラの選び方から、被写体を魅力的に撮る方法、そして自分らしさのある写真をつくるための方法を学びます。

海外での撮影を翌日に控えた夜に、お話をうかがうことができました。

(以下、写真提供:西山勲)

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── こんばんは。一昨年書店員がおすすめするリトルプレスの記事で『Studio Journal knock』を紹介させてもらいたいと、ご連絡させていただきました。西山さんが撮る写真の「光の捉え方」や「被写体との距離感」が好きで、学びたいと思ってご連絡さしあげたんです。

西山勲(以下、西山) それは嬉しいです。そもそも、写真を学びたいと思ったのはどうしてなんですか?

自分らしい写真を撮れるようになりたい

── 「灯台もと暮らし」を始めた当初から比較すると、ぼく自身撮影するのがそれなりに上手になってきたと思うんです。でも、その反面、自分の写真になんだか物足りなさを感じてきちゃって……。

西山 物足りないって、どんな風に?

── きれいに撮れるようになったけれど、なんだか当たり前な感じに写るんです。

西山 メディアとして情報を伝える写真を撮っていくことは必要だと思います。それから誌面を構成した時にわかりやすく、リズムを持たせて読者を飽きさせないような撮り方の工夫も。だけど自分が納得できる写真がどんな風にしたら撮れるのか。それは必ずしも撮影が上手になったから撮れるわけではないのかもしれないとぼくも感じています。

── 西山さんはどんな写真を撮っていきたいんですか?

西山 『Studio Journal knock』では、アーティストたちがどのような日常を送りながらアートと向き合っているのか。その好奇心に忠実に従いながら写真を撮ってきました。先ほどのタクロコマさんの話に近いんだけど、写真という表現でもう一歩踏み出したいと感じていて。

ぼくが被写体にしているアーティストたちは、自分の中にある言葉にならない未知なるものと対峙し、表現することで生きていこうとしています。彼らの豊かな感受性や知性、ナイーブな内面性を誌面で表現するために、撮影者のぼく自身が、ある意味表現者として向き合う必要があるのかなと最近は感じています。

── 具体的にいうと、相手の何を撮るようなイメージでしょうか。

西山 光の中で逆立つ産毛とかですかね……。

── ……というと?

西山 昨年ポーランドのクラコウという街で出会ったゴシュアという女性パフォーマーがいて。彼女のアパートのベッドの上で彼女のダンスを撮影させてもらうことになったんだけど、その時、あ!すごい。こんな感じ初めて。と感じちゃって。すごく自然なかたちで、セッションというんですかね。ダンスというか身体表現ですね。用意した音楽に合わせて、即興で動きをつくっていくんです。ぼくも彼女の動きに呼吸を合わせて、ただただ綺麗な一瞬一瞬を感じて撮る。

今までたくさんのアーティストや表現者を撮ってきたけど、こんなに肉体的な一体感を感じたのは初めてでした。彼女の呼吸音と、身体とシーツが擦れる音、あとはシャッター音だけ。逆立つ産毛も、汗ばんだ肌もすべてが美しかった。感覚だけを頼りに夢中になれた不思議な体験でした。

初めて、あぁ、僕はこういう写真を撮りたかったんだなって思いました。

Gosia (2016) /MARUTE GALLERY
Gosia (2016) /MARUTE GALLERY
Gosia (2016) /MARUTE GALLERY
Gosia (2016) /MARUTE GALLERY

── そういう撮影を体験したいと思ったらどうしたらいいんでしょうか。

西山 単純だけど、自分がいちばん興味を持てるひとを撮るのがいいんじゃないでしょうか。ぼくの場合は、アーティストたちが何かをつくっている時がいちばん美しいと感じます。この世界にまだ存在しないものを生み落とそうとする、ひたむきな姿を見るとシャッターを押したくなります。被写体が何かに打ち込んでいる時に撮影してみるのはどうでしょう。

── 西山さんが撮っている写真はもちろんですが、この雑誌全体を通して、アーティストとして生きていくということの覚悟や難しさが伝わってきます。被写体の、そういう気持ちの部分を切り取っているようにも思えます。

西山 それはとても意識しています。どんなにすごい作品を生み出すアーティストも、当たり前なんだけど僕らと同じ普通の人間だということ。だからこそ、彼らの生き方に強い敬意と興味を感じます。自分を強く信じていないとできない生き方ですよね。美術館やギャラリーにある作品がどんな風にして生み出されるのか。その背景には、ひとりの人間が人生をかけて取り組んできた物語があるんです。『knock』(『Studio Journal knock』のこと)では、あまり表に出ることのないアーティストの人間的な部分を見つめたいと思っています。

── アーティストの生き様に心を打たれたことは、何度か経験があります。

西山 この間、直島の地中美術館へ、モネの「睡蓮」を観に行ってきたんですけど、感動して動けなくなってしまって。福岡のアルティアムで開催されていた石川竜一さんの写真展でもブワっと涙が。アーティストが捧げた時間や覚悟がにじみ出るような作品にいつも心を打たれます。ああやって展示されるまでにたどってきた膨大なプロセスを思うと胸がキュ~っとなります。だからあれだけ大きく圧倒的な熱量を持った作品をパッって見せられた時に、もう、すごい!ってなっちゃうんですよね。

── 西山さんがアーティストに夢中になるように、テーマを見つけていくことが自分の作家性を深めていくことにもつながるのかなと思いました。

ポートレイトを撮るためにしている、ふたつのこと

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[1]自分らしく撮れる道具を使う

── 写真家として、被写体の本質を写すポートレイトの撮影に実践していることや心がけていることがあれば教えていただきたいです。

西山 あまり技術的なことはわかりませんが、自分にあった道具を使うことですかね。僕は写真を始めてからずっと使っているハッセルブラッドとペンタックス67で撮影しています。たとえどんなカメラで撮っても「ぼくの写真だ」って言えればいいけど、写真はカメラで撮るものだからカメラに依存する部分が大きいですよね。他のカメラで撮影すれば、また違った写真になってしまうんで、あまり深く考えず同じものを使い続けています。

── デジタルカメラで撮影することはありませんか?

西山 仕事では状況に応じて稀にデジタルカメラを使います。フィルムと同じ質感を得るのは難しいので状況に応じてですけど。

── フィルムとデジタル何が違うのか、結局どちらが良いのか、よく論争になっていますよね。

西山 どちらが良いかは人それぞれだと思います。どのような写真を目指すのかが重要ですよね。ぼくの場合は、フィルムで撮った写真が持つ柔らかな雰囲気が好きで写真を始めたのでデジタルでその雰囲気が表現できるまでは、今のカメラを使っていくと思います。お金はめちゃくちゃかかるけどね。

── 仕事は失敗できないとか、リスクを負えない部分がありませんか?

西山 そうですね。一枚一枚が勝負です。自分とカメラを信じることが必要かも。

[2]撮りたいという想いをストレートに伝える

── 相手と向き合いながら撮影しているのに、西山さんの写真はすごく被写体との距離が近く感じます。

西山 現場で考えながらコミュニケーションをとって、彼らの懐に入るというか、いかに心理的に接近できるかということをすごく考えています。

撮影に関する技術的なことよりも、被写体に対する興味が大事だと思う。たくさんの写真作品を見て勉強するけど、ぼくにはできないことばかり。写真家として自分ができることは何だろうと考えた時、被写体への興味の深さかもしれない。

ポートレートを撮る時って、自分と相手がどういう会話をして、どういう心の開き方をしてくれるかが大切だと思う。そのコミュニケーションそのものが被写体との関係性として写真に写るから。

── なるほど……。2時間の取材で撮影できたものなのか? 本当に長い時間を一緒にいないと見せてくれないような表情やしぐさをしてるぞ!?って、西山さんの写真を見て疑ってしまった節がありました。

西山 個人的にはできるだけ被写体と一緒にいる時間が欲しいですね。限れられた時間の取材という体裁では、なかなか相手の心理的な壁を越えるのが難しい。『knock』の取材では幸運にも被写体となるアーティストと一緒に生活しながら撮影する機会が何度かあり、そんななかで親密な写真が撮れることがあります。

── 単に被写体と長い時間一緒に過ごしているだけでなく、何か心がけや意識していることがあるからこそ心理的に近づけるんじゃないかと思います。

西山 なるべく遠慮しないでこちらの思いを伝えています。「ぼくはこんなことをして生きています。だからあなたが向き合っている世界をもっと知りたい」ということを、格好つけずに心を丸裸にして。本当にそれしかないし、そうじゃないと気持ちがなかなか伝わらない。

自分たちがどんな想いで、どういうスタイルで活動しているのかを明確にすることで、雑誌の取材を超えたひととのつながりが築けると信じてやっています。その結果として親密なポートレートが撮れるのかもしれません。

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取材を終えて
(1)もっとも自分らしく撮れるカメラを使うこと、(2)撮らせてほしいという想いや撮影スタイルを率直に伝えることが、ポートレート撮影において重要であることを西山さんに教えていただきました。ポートレート写真を撮るというのは相手をよく観察してシャッターを切る行為ですから、このふたつは被写体への敬意と好奇心を相手に伝える方法ですね。
ぼくは、これらを実践していきます。一度きりの撮影相手ではなく、ひととして繋がっていければ、自然と自分らしいポートレートが撮れると信じて。

お話をうかがったひと

西山 勲(にしやま いさお)
1977年生まれ。福岡市を拠点に活動する編集者・写真家・グラフィックデザイナー。2013年に世界のアーティストの日常をドキュメントするビジュアル誌『Studio Journal knock』を創刊。旅をしながら世界各地のアーティストを取材し、編集・制作・発行まで旅先で行うスタイルで、これまでタイ・カリフォルニア・ポートランド・中南米・ヨーロッパと5タイトルを発行。主な仕事として雑誌「TRANSIT」、ビジュアルマガジン「LUKETH」、ウェブ・マガジン「Making Things by mature ha.」、「BOUNDARY」(T-TRAVEL)、書籍「月極本」(YADOKARI出版)など、撮影・編集・デザインまで手がける。

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探求者

小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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