編集部が自身のこれからの暮らしを考えるための特集「ぼくらの学び」。理想の暮らしをしている先輩や知識人にお話をうかがい、疑問を解決するために学ぶ連載です。「灯台もと暮らし」編集部・くいしんは、吉本興業の養成所NSC東京を出たあと、これまでに何度かジョブチェンジ(=異業種への転職)を経て、今に至ります。「ジョブチェンジしたっていい」「何度やり直してもいい」「挑戦しやすい世の中のほうがいい」。そんなことを考えながら、異業種への転職経験がある方を中心に、お話をうかがっていきます。
今回お話をうかがうのは、ロンドンブーツ1号2号の田村淳さん。
淳さんは20代前半、一般的に言えば大学生くらいの年齢の頃から地上波テレビで冠番組を持ち、ずっとテレビの世界の最前線で番組をつくり続けてきました。
それにも関わらず、近年ではお笑い業やテレビの仕事だけではなく、バンド「jealkb(ジュアルケービー)」の活動や、アイドルのプロデュースといった、お笑い芸人の枠に収まらない活動も積極的に行っています。
2017年9月現在は、クラウド遺言サービス「itakoto」を準備中。
itakotoは、自分の死後、大切なひとにビデオメッセージを送ることができるサービス。サービス名は「イタコ(死者の言葉を伝える霊能者)と」と、ひとが「居たこと」のふたつの意味を持っています。
なぜ、お笑いやテレビ以外の活動も熱心に行うのか。
淳さんが“一歩踏み出して挑戦できる”のは、なぜなのか。
itakotoが世の中に広まるとどうなるのか。
itakoto開発チームであるマーベリックス株式会社の事務所で、お話を聞きました。
田村 淳(たむら あつし)
1973年、山口県生まれ。1993年、田村亮とお笑いコンビ「ロンドンブーツ1号2号」を結成。コンビとして、ピンとして、テレビ・ラジオの番組MCを多数務める。ビジュアル系バンド「jealkb」のボーカルとしても活動中。Twitterのフォロワー数は250万人を超える(2017年9月現在)。
「itakoto」は、クラウドファンディングサービスCAMPFIREでのプロジェクトも進行中。
以下、田村淳
テレビがだんだん窮屈になってきた
もともとテレビって楽しい表現ができる場所で、芸人さんであれば、いろんな芸人さんがいていいはずですよね。でも、吉本興業という大きなお笑い事務所に入ったら、いつの間にかパッケージ化されて、「この枠を超えたら芸人さんじゃない」と思われるようになっちゃったんですね。
俺は「この枠組みで、このおもしろいルールに則ってやらないと芸人さんじゃない」っていう考えが、そもそも好きじゃないです。
テレビにはルールがあるけど、俺にとっては、そのルールのギリギリの縁を歩くからおもしろいし、逸脱するところがおもしろいし、「よくそんなギリギリのところを攻められるね」って言われるのが「楽しいこと」の定義なんです。
でも、今のテレビはルールがルールをつくって、自主規制を生んで、自主規制の中にまた自主規制が出来ているような状況です。いつの間にかやれることの幅が狭くなっていって、窮屈になっているなと感じ始めたのが、ここ10年ほどです。
ツイキャスという選択肢を得た
10年前にツイキャスっていうスマートフォンから生配信ができるサービスを知って、自己責任でたくさんのひとに発信できる場を自分で持てたんです。
最初はここを実験の場にして、テレビにフィードバックできたらいいなと思ったのが、いろんなことをやり始めたきっかけなんですよね。
実際に今、BSスカパーもそうだしNetflixとかAbemaTVとか、あの頃に想像していた「そうそう、俺こういう新しいメディアが絶対生まれると思ってたんだよ!」というメディアが実際に出て来ているんです。
いろんな場所にいろんな表現方法があって、多種多様なエンターテイメントがあったほうがおもしろいし、自分がそれを見たい。
いろんなことをやっていると「結局、何をやりたいんだ?」って言うひとがすごく多いんですけど、ひとつに絞ることも選択だし、たくさんやることも選択なんだから、どっちの生き方があってもいいじゃないかっていうのが俺の生き方、やり方です。
俺は別に、肩書きは芸人でもタレントでもいいんですよ。
芸人に対してのこだわりが、ある意味ないし。芸人って呼ばれなくてもいいです。呼ぶひとは勝手に呼んでくださいという感じで。職業を聞かれたら、みんなが腑に落ちるんだろうなと思うからタレントって言ってるんですけど。
シリコンバレーで学んだこと
俺、シリコンバレーに、年に1回遊びに行くようにしてるんですよ。それは技術の最先端がある町だから。シリコンバレーのみんなが口々に言うのは「できるだけ早く失敗しなさい。失敗するから次の対策が練れるでしょ、アツシ!」ということです。
俺は「思ったら、まず行動」って自分で自分に言っていたんだけど。言葉を変えると、シリコンバレーのひとたちが言う「早めに対策が打てるから、できるだけ早くたくさん失敗するように動きなさい」と一緒だなって。言われて自分もずいぶん気持ちが楽になりました。
一歩踏み出せないひとへ
俺はもともと「やりたいこと、いろいろやればいいじゃん」と思ってたんですけど、なかなかそれを肯定してくれるひとがいませんでした。
でも5年前くらいに、北海道でロケットを開発して飛ばしている会社、植松電機の植松努社長に出会って。
小学生の頃から、ロケットを飛ばすのが夢で、でも北海道にいて、「こんなちっちゃい町でロケットなんか飛ばせるわけない!」って小学校の先生に言われて。
たくさんのひとに「絶対無理!」って言われて、それでも「絶対にやってやる」って言い続けて、実際にやり遂げたひとなんですけど。
植松電機のロケットは小さいロケットだから、コストをかけずにバンバン打ち上げることで、失敗のデータがものすごくたくさんあるそうなんですね。
失敗したデータをJAXAとかNASAが欲しがることになって、結果的に失敗を積み重ねたことが財産になった。打ち上げにも何度か成功して。無理じゃなかった。
植松社長に「俺もいろんなことやりたくてやってるんです」って伝えたら、「淳くん。夢がたくさんある人生はすごく豊かだし、夢はいくつあってもいいんだよ」って言ってくれて、すごく心が救われました。
だから俺自身、後輩には「舞台でコントや漫才をやることだけが芸人じゃないんじゃない?」って伝えるようにしてます。
成功体験の積み重ね、夢が実現することで、自信を持っていくことにつながると俺は思っているので。夢をたくさん持って、どんどん実現していけば、“夢慣れ”すると思うんですよ。“実現慣れ”とか“あと一歩踏み出す慣れ”という言い方でもいいと思うんですけど。
机の上で悩んで、勝手に答えを出して、実際どうかわからないのに諦めるって、もったいないなと思うんですよ。
日本社会の考える“豊かさ”について
今の日本は豊かになりすぎて、本当なら多種多様でいろんな生き方があってもいいはずなのに、幸せの価値観がひとつになっちゃってる。幸せの基準がものすごく高いところに置かれているような気がして。
それと同じように寿命に関しても、「とにかく長生きするのが一番の幸せなんだ」ってどっかで刷り込まれてるんじゃないかって思ったんです。
平均寿命は80歳を超えているけど、健康寿命が80歳いってない。だったら、幸せじゃないんじゃないかな?って俺は思って。死にたいときに死ねない国なんじゃないかって疑問が湧いたんです。
安楽死は賛成です
僕は、安楽死は賛成派です。世界でいろんな議論があるけど、僕は死に際は自分で選べるほうがいいし、死に際のメッセージも自分で残したいときに残して、出したいときに出せるほうが人間らしいかなと考えています。
死者の声は残らないわけじゃないですか。
家族は生きている間に、おじいちゃんやおばあちゃんに「こんなことを言われた」って思い出が残るだろうけど、一代の家族だけですよね。
俺は、ひいじいちゃんとか、ひいひいじいちゃんがなんて言ってたんだろうって想像するし、それがわかったら、ひとが生きていく上ですごい財産になりますよね。
それを、今は残せる時代なのに残してないからもったいないなっていうのは、itakotoのサービスをやろうと考えたときに思ったことですね。
「itakoto」の着想を得たイタコさんとの出会い
正直、イタコさんの技術自体は半信半疑なんです。
ただ、イタコさんがやっている死者を呼び寄せる「口寄せ」という技術が本当なのかウソなのかが重要ではなくて。目の前のひとがどれだけ心が救われているか、涙しているかで判断すればいいなと思っていて。
目の前のひとが「うわぁ、お父さんとしゃべれた」とか「お姉ちゃんとしゃべれた」と言って、「心が楽になりました」「あのとき、心につっかえてたものがとれました」って言うのは、リアルなんですよ。
それを見て、クラウド上での遺言サービス(=itakoto)が始まったら、もっとそういうひとを救えるんじゃないかと思いました。
もちろんそこには選択肢があって、必要だと思うひとに使って欲しくて。自分のことでいっぱいいっぱいのひとにメッセージを残せと言っても難しいですよね。
開発チームの中に、アメリカの海兵隊の人がいるんです。海兵隊のひとって、戦争が始まったら最前線に行かないといけない。そういうひとが「このサービスがあったら嬉しい。絶対にメッセージを残したい」って言ってくれたので、それはリアルな声だなと思いましたね。
「itakoto」によって僕らの何が変わるのか
苦しいとか悲しいとかっていう感情って、生きていたら誰でも絶対にあると思うんですけど。
俺はもう、じいちゃんもばあちゃんいないんだけど落ち込んでいるときとか、仕事で今悩んでるよってときに、どんな言葉でもいいから肉声でメッセージが届いたら、心の支えになりますよね。
それが仮に今を生きる自分の悩みとリンクしていなくっても、「じいちゃんが俺にがんばれとかって言ってたんだ」とか「ばあちゃんが身体に気をつけなさいよ」って言ってくれたんだなって思えたら、背中を押してくれるはずだから。
世の中をガラリと大きく変えてしまうサービスではないけど、すごくじわーっと「あって助かったね」って、少しずつひとの心を前向きにできるようなサービスになれたらいいなって思っています。
クラウドファンディングサービスCAMPFIREで進行中!「itakoto」のプロジェクトページはこちらから。
文・構成/くいしん
写真/伊藤メイ子