手に取ると軽さに驚く、温かみのあるコップ。着色は一切なし、天然の木目を活かした赤と白のツートンカラーは、「唯一無二」の言葉がよく似合う、世界に一つだけの模様。
「神山しずくプロジェクト」という、未来の水を守る活動をしているひとが、徳島県の神山町という場所にいます。ここで言う「しずく」とは、「最初の一滴」のこと。
プロジェクトの発案者は、大阪でキネトスコープ社という会社を営む、デザイナーの廣瀬圭治(ひろせ きよはる)さん。デザイナーとして神山町に移住した廣瀬さんが、なぜ今、山や森、そして水のこと、未来のことを考えているのでしょう? プロジェクト発案に至るまでと、現在、そしてこれからの話を聞きました。
(以下、文:廣瀬さん)
川の水が、30年前の約3割に減っている
2012年に、キネトスコープ社のサテライトオフィスを開設すると同時に、僕も家族と一緒に神山町に移住しました。神山町は緑が豊かで、川遊びもできて、理想としていた田舎暮らしを実現できそうな場所。これからの生活に胸を膨らませていました。
でも、あるときこの町の緑が人工林だということに気が付いて。針葉樹が密集し、地面に光が届かなくなった森は、草が生えず、土が固くなり、雨が吸収されずに表面を流れるようになって、やがて保水力が弱まっていきます。神山町の町を流れる鮎喰川の水量は、30年前の約3割にまで減っているそうです。
神山町の木は、ほぼすべてが杉。密集した環境では、良い木に育ってくれないので、切り出しても木材としての価値が上がりません。でも、まずは木を切って、山に光を当てて生態系を取り戻すことが必要です。
僕は、その間伐材を使って、何かプロダクトを作りたいと思ったんです。
ただ、人工林の問題は、今や神山町だけではなくて、全国的な問題です。間伐材を使って家具を作ったり、端材でおもちゃを作ったりするプロジェクトはすでに他の地域に存在することを知っていたので、杉の加工にデザインの力をプラスして、この町だからこそ生み出せるものはないものかと、考えました。
赤と白とのツートンカラーのタンブラーを作りたい
そこで思いついたのが、タンブラー。神山町の杉は、気候の影響で、他の地域より「赤と白」の模様が強く出るのが特徴です。だからこそ市場では値があまりつかず、加工しづらいと言われていたんですが、僕はそれを逆手にとって、自然の木目や色味を活かした、ツートンカラーのタンブラーが作れないかと思ったんです。
でも、杉ってそもそもコップのような、細かな加工に向かない木らしいんですよ……。柔らかいし、薄く削ると割れてしまうし、微妙な細工が難しいので、熟練した職人さんでも手に余るみたいで。
特にツートンカラーを活かす加工は通常の杉の加工とは異なるので、さらに難易度が高まります。ちょっと専門的になりますが、一般的な木の器は、年輪がタテ縞模様に出るように材を使うのですが、僕たちはわざと年輪がヨコ縞模様に重なるように材を使っているんです。生産性を考えても効率がよいデザインとは言えないのですが、でもどうしても実現させたくて。
いろいろと試行錯誤を繰り返した結果、なんとか形になったのが現在の商品です。
解決の糸口は、兄弟で木工所を営む「誠秀工芸」の宮竹さんに出会ったこと。木材の円形加工「手挽きロクロ」を40年以上手がけ、木工所内の鍛冶場で一から挽き刃を手作りするほどのこだわり派の方で、かなり無理を言っている僕のデザインを実現してくれる、唯一の職人さんでした。
点と点を繋ぐ。本当の目的は「町の意識を変えること」
プロジェクトの売上は、山を守るための活動に使われます。今、商品を買ってくださる方は、デザインに惹かれたり、かっこいいとか、プレゼントにしたいとかって言ってくれる方が多いですね。都会に住む30代、40代の方が中心でしょうか。ぐいのみを両親へのプレゼントに、なんて言ってもらえると、とってもうれしいです。
でもじつは、僕がプロジェクトを始めた一番の動機は、町の人の意識を変えたい、というところ。2年前にプロジェクトを始めたときは、町の人はもちろん、役場も仲間も、一体廣瀬は何を始めるんだ、という感じだったと思います。でも今は、少しずつ理解してもらえるようになっている。
山の話、つまり林業の話は、一部の人間、そしてお金だけでは解決できません。所有者の問題もありますし、広葉樹を植えても鹿がすぐ食べてしまう。じゃあ鹿を駆除しようとなると、昔は狼がいたから鹿が一定数増えなかった実例を思い出し、では狼を山に戻すべきかというと、そうすると今度は危険だから難しくなるし……。話が逸れましたが、とにかく難しいんです、山の問題は。
でもだからと言って、何もしないわけにはいきません。僕ができることの最初の一歩が、このプロジェクトだと思っています。みんなが山のことや水のことを考えてくれたり。少しずつでもイノベーションが起こってくれれば、この町の未来は変わっていくと思うんです。
率直に言ってしまえば、このプロジェクトのターゲットは地域のじいちゃんやばあちゃん。山の所有者の方が、うちの木を切らんといかんなぁ、って思ってくれたらいいですよね。
プロジェクトが町の新しい産業になる日まで
そのためにも、まず一番の目標はこのプロジェクトを20年でも、30年でも続けていくこと。でも、プロジェクトをずっと続けていくためには、職人さんの問題もひとつ大きいんです。
お願いしている職人さんは、60歳を超えています。2年前に出会った時は、「わしらもあと15年やからなぁ」と言っていたのが、1年、2年経つうちに「あと10年やからなぁ」「あと5年やからなぁ」と、毎年どんどん活動期間の予想が短くなっていっている(笑)。
いや、でもこれは、本当に笑い事じゃないんですよね。お互いにとても危機感を持っています。職人さんがいなければ商品はできないので、このプロジェクトを続けるためには、後継者探しも急務なんです。じつは神山町に工場を開設する計画を進めていて、職人育成プロジェクトになりそうです。
最初は水を守るために、と始めたプロジェクトですが、神山町で得られる材を神山町で加工して、ウェブで安定して販売できるようになったら、都会に頼らないビジネスモデルがひとつ確立できることになります。そこで職人さんの技術を継承してくれるような、若者が2人、3人でも雇用できたらすごいですよね。補助金に頼らない、田舎にアドバンテージのある産業がひとつ生まれるわけです。
神山町で暮らしている今の子どもたちが、いつか神山町に戻って来たいと思ったときに、このプロジェクトが仕事の選択肢になってくれたら、素晴らしいなと思います。環境が良くなって人が戻って来たら、本当の意味での豊かな土地が目指せるんじゃないでしょうか。
「しずくギャラリー」開設やミラノ万博出展。できることを1つずつ
最近は、事務所に直接尋ねてきて、「ここにくれば『神山しずくプロジェクト』の商品が買えるの?」なんて聞かれることも増えてきました。うれしいことです。でも、基本的には今まではウェブ販売を中心にしてきたので、そういった対応が難しかった。
なので、事務所に「しずくギャラリー」を開設することにしたんです。ふらりと立ち寄って、プロジェクトの商品を気軽に手にとって見てもらえる場にしたいですね。完成は2015年11月予定。って、まだ工事未着手なので、正直ドキドキ……でもやります。完成したら、ぜひ覗きにきてください。
あとは、プロダクトそのものに魅力を感じてくださる方も多くなってきたようで、国内の展示会や催事、あとは「2015年ミラノ国際博覧会日本館」への出展の機会などもいただきました。
神山町の町の入口には、昔立てられた「木の町かみやま」という看板があるんですが、今はもう、あの看板は生きていません。
叶うことなら、「木の町かみやま」を、もう一度胸を張って世界に向けて発信したいですよね。その一助になれるように、これからも一歩ずつ頑張っていきたいなと思っています。
(一部写真提供:神山しずくプロジェクト)
お話をうかがったひと
廣瀬圭治(ひろせ きよはる)
アートディレクター・デザイナー。1972年11月生まれ。20代前半はバイクで全国を旅する放浪生活。2002年30歳でフリーランスとなり、2005年キネトスコープ社を設立。企業のブランディングや、WEB制作を手がけている。2012年11月「新しい暮らし方、新しい働き方」を提唱し、徳島県神山町にサテライトオフィスを開設。特定非営利活動法人グリーンバレー理事、一般社団法人キキーキャート理事(設立時社員)、徳島県クリエイティブ・ネットワーク・コーディネーター(CNC)など。
神山しずくプロジェクトについて
\紹介ムービーできました/しずくプロジェクトがこれまで取り組んできたコトを2分のショートムービーにまとめました。ぜひご覧下さい!
Posted by 神山しずくプロジェクト on 2015年6月10日
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