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【西荻窪】元スタジオジブリのアニメーターがつくる、身体と心が休まるササユリカフェ

帰りたくなる町に暮らそう。【西荻窪】特集はじめます。

西荻窪駅を下車して歩くこと、3分。ビルの4階に、白を基調とした明るい空間と、開放感あふれるテラスが特徴的な「ササユリカフェ」はあります。スタジオジブリで、27年間アニメーターとして活躍した経験と裏話を綴った書籍『エンピツ戦記 – 誰も知らなかったスタジオジブリ』の著者であり、カフェのオーナーの舘野仁美さんは、パートナーの有村虎彦さんと2014年にササユリカフェをオープンしました。

ササユリカフェ看板

お店を始めてから、ちょうど約1年。アニメーターからカフェオーナーへと転身を遂げた経緯と、お店にかける思い、そして西荻窪を新たなスタートの地に選んだ理由を教えていただきました。

スタジオジブリから、カフェオーナーへ転身

舘野仁美さん
写真左から舘野仁美さん、有村虎彦さん

── 2014年にササユリカフェを開業した経緯を教えていただけますか?

舘野仁美(以下、舘野) 以前はアニメーターとして27年間、スタジオジブリで働いていました。その間、カレースタンドを始めようかなと漠然と思い描いていたんです。もしかしたら、いつか宮崎(駿)さんと鈴木(敏夫)さんが会社を畳むかもしれない、作画の部署が無くなるかもしれない。なんとなく、そういう予感を抱いていたの。

ジブリにいるときも「カレースタンドをやってみようかな」なんて、宮崎さんに話してみたこともあります。すると「そんなに飲食業は甘くない。大変なんだぞ」って言われて(笑)。当時は半分冗談、半分本気で話していました。

── 2014年8月に、テレビのドキュメンタリー番組を通して、鈴木プロデューサーの口から「ジブリの制作部門の休止」が発表されましたよね。

舘野 そう。わたしが所属していた作画・映画制作部門が、2014年に解散することになりました。私たちは、その1年前の2013年に既に、宮﨑さんと鈴木さんから言われていて、違う部署に行くか、ジブリを辞めるしかなくなってしまった。結果的には2014年末に、スタジオジブリを退職することにしました。

ササユリカフェ

舘野 会社を離れることを決めてから、これからやりたいことを考えていました。次の仕事を模索しているときに、宮崎さんと話したカレースタンドの会話を思い出したんです。

そこで思い切って、カレーを食べられるカフェを開く決意をしました。

── カレースタンドではなくて、形態をカフェにしたんですね。

舘野 ジブリで仕事をしていた頃から、カフェが大好きだったからです。静岡県御前崎市にあった「ウェルカムティ」(2007年に閉店)というカフェが本当に好きで、あんな場所をつくりたいと思っていました。

── ちなみに、メインをカレーにしたのはどうしてですか?

舘野 若い頃に友人に教えてもらった生姜たっぷりのキーマカレーを、ずっと作り続けてきたからです。

有村虎彦(以下、有村) 彼女自身が、ジブリで働いていたとき、ヘトヘトで帰ってきたら身体に優しい料理が食べたいなあと思っていました。心を和ませたり、癒やされたり、リラックスしたりしたかった。当時の舘野が欲しかった、身体と心が元気になる空間を提供したいと考えました。お店を開くときのターゲットは、自然と働く女性に絞られましたね。

ササユリカフェ
ラタトゥイユセット(1,000円)野菜のトマト煮込みに卵をのせて、焼きたてパンかごはんかを選べる

舘野 料理は、家の窓から香りがふんわり漂ってくるような、家庭の優しい晩ご飯がイメージ。ホッと身体の温まる料理を、お客さんに提供しています。

── 来てくれるお客さんに、どんな過ごし方をしてもらいたいですか?

舘野 長居していただきたいです。仕事を終えた女性たちが、リゾートホテルのラウンジからぼんやり外の景色を眺めるように、心からゆったりしてほしい。いつもと違う自分になれる場所を、身近に作りたかったんです。

ササユリカフェ

── 店内は白が基調になっているから、すごく明るくて爽やかで椅子もふかふか。心も身体も力が抜けて、くつろげますね。

舘野 ウトウトと、寝ちゃう方もいらっしゃるの。価格は庶民的でありながらも、お客さんにとっては、ここで過ごす時間がご褒美になるような場所だといいなあ。

西荻窪は町そのものがショッピングモールのよう

ササユリカフェ

── たしかに緑に囲まれたテラス席があったり、店内も白くて天井が高かったりと、こじんまりとした西荻窪の町の雰囲気とは少し違うかもしれません。

舘野 最初はお客さんに「西荻らしくない」って言われてしまって、ちょっとショックでした。「西荻に相応しくない」という意味でおっしゃっているのかと思ったの。

有村 でも「東京じゃないみたい」「日本っぽくない場所ですね」とおっしゃる方も増えてきて、「西荻らしくない」という言葉が、批判ではなく違う意味を持っていることに気づいたんです。

ササユリカフェ

── なんとなく、お客さんたちの言いたいことが分かります。

有村 つまり「西荻らしくない」とは、「西荻にいるのではないみたい」という意味なんだと解釈しています。

舘野 プラスの意味を持つ言葉として、表現してくださっているんだよね。

有村 「西荻っぽくない(素敵な空間)」という意味で言ってもらえているのなら、褒め言葉ですから嬉しいです。

── そうですね。そしてもちろん、西荻窪という町も魅力的ですよね。

舘野 はい。お店を開いてから西荻窪について少しずつ詳しくなってきたんですが、本屋さんが平日でも夜遅くまで営業していることに感激しました。私は本が大好きだから、お店に入って眺めているだけで幸せなんです。

── 共感します。

舘野 あと、本屋さんの入り口すぐの棚に、海外文学が平積みされているんですよね。

── それも珍しいですよね。

舘野 小さな棚なのに、難しいタイトルの哲学的な本がぎっしり並んでいる。西荻で暮らしている人たちの好みが反映されているようで、少し文化の香りがします。本や絵が好きな人には、とても魅力的な町でしょうね。

もちろん他のお店も、見て回るとものすごく趣味的です。カフェは飲食ができるだけではなく、スペースの半分がギャラリーになっていたり、雑貨を売っていたりする店舗が多い。

── 魅せるお店、ですね。

ササユリカフェ

舘野 大きなお店でもチェーン店でもないけれど、どこか個性的な魅力があるお店がいっぱい。おもちゃ箱のように、キラキラしたものがたくさん散らばっている、宝探しができる町だと思っています。

有村 西荻好きの常連さんが、似たようなことをおっしゃっていました。その方は「西荻はショッピングモールのように、いろんなお店が集まって楽しい場所を形成している」と言うんです。食事をするにも、多国籍の料理を選べるフードコートのようで、買い物をするならショッピングモールのように衣類や雑貨もあれば、音楽や古道具まで幅広く選べる。だからその常連さんは、一日のうちに何軒も何軒も西荻のお店を回るのが好きなんだそうです。

西荻っぽくない、非日常の魅力をつくりたい

ササユリカフェ

── 2014年の12月12日にオープンしてから、もうすぐ1年が経ちますね。2年目はどんなことに挑戦してみたいですか?

有村 個展や演奏会などのイベントを、たくさん企画したいです。今年は8月13日から、『交響詩篇エウレカセブン』や『Gのレコンギスタ』を担当された吉田健一さんというアニメーターの方の個展ギャラリーを開催しました。12日間で3,000人ぐらいお客さんが来てくださって、大盛況でした。

── 3,000人……! それはすごいですね。

舘野 私もびっくりしました。一日に470人も来てくださったんです。整理券を配って、ねえ。

有村 下の階段をぐるーっと並んで、外まで人の列ができました。

舘野 西荻案内所の方が、「アニメに関わるイベントを開催するほうがいい」とアドバイスしてくれました。名乗ってはいかないけれど、たしかにアニメ関係者の方がお客様として来てくださることも多いんです。アニメーターを辞めた今でも、アニメに関わるところで助けていただいている。

だからルイーダの酒場(*1)のように、ササユリカフェがアニメーターが集う場所になれたらいいですし、アニメーターだけではなく、絵や文章が好きな方にも来てほしいです。

舘野仁美さん

(*1)ルイーダの酒場:『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する、旅人たちが仲間を求めて集まる、出会いと別れの酒場。

── ササユリカフェを、好きなことをみんなで共有する場所にできたらいいですね。

舘野 駅から徒歩3分なのに、ササユリカフェに来るだけで「西荻じゃないみたい。得したなあ」って気持ちになってもらいたいですね。静岡の「ウェルカムティ」のオーナーからいただいた、「カフェは箱よ」という言葉が、今でも私たちの指針になっている気がします。私がスタジオジブリで一生懸命働いていたときに食べたかった料理を出して、あったらいいなと思っていたリラックスできる場所の集合体を、「ササユリカフェ」で実現していきたいですね。

有村 舘野のアニメーターの繋がりを活かして、カフェという箱に非日常の魅力をつくっていくことが2年目の目標です。

── 本当に、西荻じゃないみたいですね。

有村 あるお客さんは、「西荻ではないみたいな雰囲気が、西荻っぽい」とおっしゃって。難しいですよね(笑)。

舘野 西荻を感じさせないほどの個性が、西荻っぽいっていうことでしょう。ほかの方はどう感じられるのかしら……、ぜひササユリカフェに来て感想を教えていただきたいですね。

お話をうかがったひと

舘野仁美さん、有村虎彦さん

舘野 仁美(たての ひとみ)
福島県生まれ。アニメーター、「ササユリカフェ」オーナー。東京デザイナー学院アニメーション科卒業後、作画スタジオ、フリーランスを経て、83年にテレコム・アニメーションフィルム入社。87年、同社を退職し、スタジオジブリに移籍。『となりのトトロ』以降、『魔女の宅急便』『おもひでぽろぽろ』『紅の豚』『海がきこえる』『平成狸合戦ぽんぽこ』『もののけ姫』『ホーホケキョ となりの山田くん』『千と千尋の神隠し』『ハウルの動く城』『ゲド戦記』『崖の上のポニョ』『風立ちぬ』『思い出のマーニー』など、ジブリ作品の動画チェックを数多く手がける。2014年、スタジオジブリ退職。同年12月、東京・西荻窪に「ササユリカフェ」をオープン。

有村 虎彦(ありむら とらひこ)
舘野仁美のパートナー。飲食業やIT関連企業を経てササユリカフェをオープン。ササユリカフェの番頭として運営やイベント開催全般を管理。

このお店のこと

住所:東京都杉並区西荻北3丁目16−4 小美濃本社ビル4階
営業時間:11時30分~22時(21時30分ラストオーダー)
定休日:火・水曜日
アクセス:JR中央線・総武線、西荻窪駅から徒歩3分
公式サイトはこちら

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小松﨑拓郎

ドイツ・ベルリン在住の編集者。茨城県龍ケ崎市出身、→ さらに詳しく見る

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