営みを知る

【西荻窪・夜】まがいものの町、西荻へようこそ。夜は「スナック紅」にいらっしゃい

帰りたくなる町に暮らそう。【西荻窪】特集はじめます。

帰宅ラッシュが落ち着いた西荻窪駅で、家に直帰するのも味気ないと立ち止まる。ちょっと一杯はさみたいけど今から誰かを呼びつけるのも気が引ける。

とりあえず、駅南の柳小路へ入れば、夜のとばりの中にぼんやり浮かび上がるネオンがひとつ。中が見えない分厚い扉の向こうにあるのは、30年以上営業を続ける「スナック紅」。

思い切って扉を開ければ、東京の中央線の一角で繰り広げられる女と男の酸いも甘いも知り尽くした、大ママとママがお出迎え。心がすこし疲れたとき、ぼんやりとした夜の空虚感に呑まれそうになったとき、ふらりと立ち寄りたいお店です。

スナック紅

本物とまがいものがごちゃまぜ

いらっしゃい。あなた、飲む? 飲まないわね、取材だからね。コーヒーでいい? ああそう。じゃあそこ座んなさいな。あら、スナックに来るの、はじめてなの? そう。普通はね、私の母がママで、私がちいママって呼ばれているの。だからそれでいいわよ。

え? そうね、このお店は開店してから37年かしらね。西荻には、他にも何軒かお店を持っていたんだけど、今はもうないの。「スナック紅」っていう名前でお店を開いてからは、50年以上経つかしらねえ、私の母で3代目だから。

37年もあれば町も変わるわよね。今はビルもいくつかあってそこにテナントっていうの? お店が入っていますでしょ。そういうものはほとんど無かったからね。昔は独立してお店を開くにも一苦労だったんだから。

普通に歩いているだけじゃ、ここのお店って閉め切っているし窓もないから、存在に気づかないでしょ。最近は、わざわざドアを開けておくお店も多いのよ。でもウチは絶対開けない。周りと同じことをしてもしょうがないじゃありませんか。扉が閉まっていることで、ある程度お店に入る敷居が上がる。そうすると、来るお客さんも常連さんとか、その方の紹介のお客さんとか、変な人は紛れ込まないし、いいわよ。

スナック紅

西荻にも前はもっとたーくさんスナックがあったの。お店の数は減っちゃったけど、お客さんだけは変わらないわね。西荻のお客さんはね、すごくレベルが高いのよ。学歴とか社会的地位がね。だから政治家とかお医者さんとか弁護士さん、このまえ亡くなられた俳優の菅原文太さんなんかもウチへいらしたわねえ。

いろいろな職業の人が来てくださるから、こちらも勉強になるのよ。知らない世界のことを、いろいろ教えてもらえるから。

スナック紅

なんていうのかしら、本物のお金持ちが西荻にはたくさんいるのよ。だから女も男もプライドが高くって。見ているこっちがもどかしくなるくらいよ、早くとっ捕まえればいいのに(笑)。

そういうお客さんが集まってくるのはね、西荻の土地の下に隕石が埋まってるからっていう噂があるわよ。だからか、西荻はパワースポットだって言う人もいるの。でも確かに、うだつのあがらない人でも西荻に来るといつの間にか出世しちゃったっていう人もいるわよ、不思議ねえ。そういう意味では、ちょっと変わった町ではあるわよね。本物ともどきが一緒に住んでるんだから(笑)。

特にお酒が入ると本物だろうがもどきだろうが、もう関係なくなるでしょ。大物も小物もなんとなく馴染んで入り込めちゃう雰囲気なの。もどきも生き残れる町が、西荻だと思うわよ。

いつの時代も切っても切れない男と女

スナックの名前? そうねえ、だいたいママの名前をつけるお店が多いけど……ここは先代がつけたから、本当のところは分からないねえ。でもね、紅って綺麗な女性のことを表現するそうですよ。ね、ママ? ああ、先代は美人親子だったらしいものねえ……まあ今も「紅と言えば美人親子がやってる店」ってことで通ってるみたいだけど。やだねえ(笑)。

スナック紅

最近は、あなたくらいの20代から30代の、若いお客さんが多いわよ。来てくれるのは、やっぱりすごく嬉しいわよねえ、新しい風が吹いてくるっていうか。初めて来るときは、予算を言ってくれればその範囲で楽しめるようにこちらも考えてお酒を作ったり、カラオケで歌ったりするの。十八番? ママの十八番は『二輪草』よね、お客様とデュエットするの。え? 違う? でもこのまえ歌っていたじゃない。

スナックに来るのは好奇心もあると思うんだけど、あまり周りの人に相談できないのかもしれないわね。恋のこと、親のこと、仕事のこと……誰にも言えないことを言いに来るんだと思いますよ。

スナックは昔から色気で売るんじゃなくて、お酒を飲みながらお話する場所だから、そういう場として使ってもらえるのはいいんだけど、身近なところに安心してしゃべれる人がいないっていうのは、ちょっとね、寂しい気もしますよ。

最近の若い人? そうねえ、まあ男は特に傷つきやすいわね。そして無駄にプライドが高いわよ。女のほうが積極的。でもね、ここのところ女が安くなっちゃったなって思うこともありますよ、バーゲンセールみたいにね。女が安くなると、男は動かなくなるし、選り好みするようになるのよ。もったいないわよねえ。まあでもね、最近は男も女もプライド高すぎよ! 選び過ぎ!

スナック紅

ここで繰り広げられている人間ドラマは、いっぱいあるわよ。一度、親と喧嘩したって言って駆け込んできた女の子が、店で電話で親と話し始めたから、私が代わりに電話越しで親と話してやったこともあったわね。そういういろいろなこと、挙げればキリがないけど、ぜーんぶ私たちは見ているのよ。

私たちはただ来てくれるお客さんが、話したいことを喋って満足して帰ってくれればそれでいいの。ずーっとそうやってやってきたんだから。町が変わったって、人間は変わんないでしょ。誰だって好きなひとができて、悩んで、結婚したりしなかったり。そういう人たちの話を聞きながら、もうしばらくは、ここでがんばっていたいなって思いますよ。

お店の情報

スナック紅
住所:東京都杉並区西荻南3-11-9
電話番号:03-3333-4311
営業時間:18:00~2:00
定休日:無休
最寄駅:JR中央・総武線「西荻窪駅」南口徒歩1分

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立花実咲

1991年生まれ、静岡県出身の編集者。生もの&手づくりのもの好き。パフォーミングアーツの世界と日常をつなぎたい。北海道下川町で宿「andgram」をはじめました。→ さらに詳しく見る

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