かつて、町の文化は銭湯から生まれ、育まれていました。お父さんもお母さんも、怖い頑固オヤジも近所のおばあちゃんもみんな銭湯に集まって背中を流し合い、子どもは背丈が大きくなったねと褒められ、コーヒー牛乳を飲み干し、濡れた髪を乾かすのがめんどうで怒られたりしながら家に帰りました。
こうした風景が見られなくなって、いったいどれくらいの年月が経ったでしょう。
西荻窪においても客足が遠のき、銭湯はひとつ、またひとつと姿を消していきました。「天徳湯」もその向かい風を受けています。人と人との結びつきが強い個人商店が多い西荻で、銭湯という場はこれからどうなっていくのでしょうか。
町の文化だった風呂屋
お店が軒を連ねる商店街では、各お店が明確な役割を担っていました。銭湯は、疲れた心と体を癒してきれいさっぱりになる生活のサイクルに組み込まれた場でした。
けれど、今では風呂無しの家のほうが少なくなり、銭湯へわざわざ足を運ぶ人は激減。西荻の「天徳湯」も、一番多いときと比べるとお客さんが5分の1に減ってしまったそうです。
「風呂好きで、今でも毎日来る人もいるけど、そういう人自体が減ってしまいましたね」と話すのは「天徳湯」を営む田辺さん。何十年もお風呂屋さんとして働いてきましたが、西荻をはじめ銭湯そのものの数が減り、営業は厳しくなるばかりだと言います。
「家でいい風呂が焚けるから、銭湯に来る人はいないんですよ。学生寮は昔は風呂無しだったけど、今では毎日好きなときに入れるらしいし、風呂無しのアパートも少ない。昔はよく来たひとも、2日に1回になり、それが3日に1回、1週間に1回とだんだん減っていく。昔は夜の12時まで営業していたんですけどね、今はもう10時半に閉店です、人の流れがないから。」
「天徳湯」にお客さんがいっぱいになる日は無いのですか、と伺うとそういうわけではなくいろいろなイベントを考え、開催しているそうです。
「毎週水曜日は、ふれあい入浴と言って16時から18時の間は100円で入浴することができます。それからお正月は、来てくれたひと限定で干支石鹸を配っているんです。今年はひつじ年だったから、ひつじの形をした石鹸を配りましたが、あっという間に無くなっちゃいましたよ。お正月の記念に、と言って入りに来るお客さんがたくさんいました。」
とは言え、昔に比べると大幅に減少してしまったお客さんの数。それは技術の進歩や生活のサイクルの変化は言うまでもありませんが、お金の使い方にもよるといいます。
「特に若い人は何でも節約したがるけど、ひとつのものに一度にお金をかける傾向がある気がします。個人で簡単にできること、例えば食事とかお風呂は、すごく雑になっている人も多いんじゃないかな。めんどうだから、安いものや冷凍食品しか食べなかったり節約して、その分別のものに消費する。悪いとは言わないけど、それっきりになってしまいます。
けれど銭湯は人が集まる場だから、毎日入っていれば、そこで人の流れと関係性が生まれる。生活の、ごく普通な時間に手間をかけるということを、あまりしなくなったんじゃないでしょうか。」
継続性がない、ということはお客さんの流れに関しても言えること。イベントごとがあるときは、お客さんがわっと押し寄せますが、何もない日はぱたりと客足が途絶えてしまいます。銭湯というだけではなく、プラスαがメインになり、銭湯に通うことが日常になるお客さんはほぼ皆無です。
西荻窪の北と南の事情
銭湯は社交場でもありますから、町の文化が育まれます。ですから、人の流れというのがとても重要です。
西荻は、駅北のみにバスターミナルがあります。大きくはありませんが毎日数多くのひとが利用する、大事な足になっています。何気なくバスを使っていると、ほとんど気がつきませんが、西荻の北側は南側に比べるとバスが通れるくらいの道路の幅があるため、車の通りも南に比べて多く、歩かずバスを使う人も多いです。
そのため、北側には新興住宅や新しいマンションも多く、一方で南側には昔からある築年数が怪しい古いアパートが目立つという特徴があります。こうしたアパートは風呂無しの賃貸物件も多いため、銭湯に行かざるを得ないという人も、昔ほどではなくとも一定数いるようです。
しかし「天徳湯」のある西荻北は、すでに部屋にお風呂のある家に住んでいるひとが西荻の南側よりも多く、客足が鈍ったのはそうした交通事情も影響しています。
「西荻は、若い人もたくさん住んでいるから、新しいイベントを作ったり挑戦していてすごいなと感心します。でも、それがきっかけで定期的に天徳湯に来てくれるひとが増えるということはない。昔は銭湯へ来ることが生活の一部だったけど、今は違う。
お風呂場で、ほかの家の子どもを叱るということもないし、声をかけただけで今の子どもの親は不審がる。相手を警戒するような空気が、昔に比べたら濃くなりましたね。それは西荻だけではないと思うけど、さびしいなと思います。」
銭湯に日常的に足を運ぶ人は、現在どれくらいいるのでしょうか。筆者にとって暮らしにお風呂は必要ですが、銭湯という場は日常から切り離された、旅先などで行きたい特別な所になっています。
もしかしたら銭湯は、現代の人々の暮らしの中に組み込まれているのではなく、暮らしから外れた異彩を放つものになっているのかもしれません。その特別な役割を、新たに与えられようとしているならば、銭湯は町の文化を育む場ではなく、まったく別の場所から来た人が訪れる、文化を受け取る場になっていくのではないでしょうか。
お店の情報
天徳湯
住所:東京都杉並区西荻北4-24-5
電話番号:03-3390-1561
営業時間:16:00~22:30
定休日:月曜日
参考価格:おとな(12歳以上)1人 460円、中人(12歳以下)1人 180円、小人(6歳未満) 80円
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