語るを聞く

【かぐや姫の胸の内】常に、見晴らしのよい場所を求めています。- 鈴木 絵美里 -

【かぐや姫の胸の内】多様な生き方が選べる現代だからこそ、女性の生き方を考えたい──

ここは、都会の喧噪から引き離された知る人ぞ知る老舗スナック。
夜な夜な少なの女性が集い、想いを吐露する隠れた酒場。

確かに近年、女性が活躍する場は増えて来たように私も思う。

自由に生きていい。そう言われても、

「どう生きればいいの?」

「このままでいいのかな。」

「枠にはめられたくない。」

私たちの悩みは尽きない。

選択肢が増えたように思える現代だからこそ、
多様な生き方が選べる今だからこそ、
この店に来る女性の列は、絶えないのかもしれない。

ほら、今も細腕が店の扉を開ける気配。
一人の女性が入ってきた……

今晩のゲストは広告・出版業界を正社員として経験した後、ライター・編集業を営むフリーランスの道を歩むと決めた鈴木絵美里(すずき えみり)さんです。

鈴木絵美里

鈴木 絵美里(以下、絵美里) こんばんはー。

── こんばんは。あら、絵美里じゃない。ちょっと久しぶりね、元気にしていたの?

ぼちぼち。最近正社員として勤めていた会社を辞めて、フリーランスになったんですけど、まだそれに気持ちも体も慣らしてるって感じですかね。なんだか不思議ですけど、でも楽しいですよ。

── へぇ、いいわね。じゃあ、今晩は私の大好きな絵美里の近況と、これからのことを聞かせてちょうだいな。そうと決まれば、まずはお酒が必要ね。絵美里の好きなパクチーといちごのお酒を作ったわ、お飲みなさい。

(別に好きじゃない……。)

空間や人を発想と行動力で繋げていく「絵美里P」を目指して

── ところでどうして会社を辞めたの? 社内恋愛でモメたりしたのかしら。

いや、私もう結婚してるって前に言ったじゃないですか(笑)。そんなんじゃないです。

最近は、条件が3つくらい揃えば人生を動かしてもいいかなって思っていて、まぁタイミングがきたから決断したんですよね。長年勤めていた出版社を退職して、しばらくは……フリーランスで編集企画業みたいなことをやっていこうと思っています。

── 編集企画業って、具体的にどういうことを指すのかしら。仕事と平行した個人的な活動として色々と取り組んでいたわよね。

はい。むしろそういった活動が増えてきて、フリーランス同士がチームを組んだり、自分が目指す未来みたいなものを共有できる人が周りにいっぱいいるなーって思えたから、会社という組織を抜ける決心ができたところもありますね。

私は今年で34歳で「編集者」や「ウェブディレクター」という肩書で呼ばれることが多かったんですけれど、実は自分の中ではあまりしっくりこなくて……。

──そうなの? じゃあ「プランナー」とかかしら。あなたは、空間や人を発想と行動力で繋げていくイメージがあるもの。

まだおこがましくて堂々とは言えないけれど、10年後くらいには人や空間、概念など色々な物事の境界線をざざざーっとなじませたり、組み替えて新しい価値を生み出せるプロデューサー的存在になりたいですね。

うん、いつかプロデューサーになりたいな、私。

──「絵美里P」ね。

プライベートと仕事の境界線も、私はあまり意識したことがないんです。いつでも狭間に立っていたいし、世界を俯瞰して見ていたい。当事者でもあるし、最前列の観客でもあるし、それでいて第三者の目線も失わずにいるようなポジション。

そう言えば、広告や雑誌も、音楽や部活も、私は気が付けばいつだって一歩引いて、全体を把握できる位置にいたいと思って生きてきた。……なんだか昔のこと、いろいろ思い出してきたな。

── 話してごらんなさい。私は今、絵美里の話を聞くために生きているのよ。

すでに「編集」をしていた小学生時代

ママも知っていると思うけど、私、小さい頃から音楽が大好きで。両親も広く好奇心を抱く人で、身の回りにはいつも音楽が流れていた気がします。音楽との出会いは、光GENJIやWinkみたいな、ごく一般的なポップソング。

音楽と同じくらいテレビも好きで、派生してラジオも大好き。小学校低学年の頃は、両親が共働きだった関係でおばあちゃんの家に預けられている時間が長かったんですが、レンタルビデオ屋でCDを借りてはカセットテープに録音して、果ては自分の好きな曲だけが詰まったミックステープを作っちゃうような子供でした。音楽好きだった80年代生まれまでは必ず通る道でしょうね。

CD
絵美里さんの土台をつくってきたCDたち

── あら、カセットテープ。懐かしいじゃない。それ得意よ、再生と録音ボタンを一緒に押せばいいのよね。

そうそう、それって多分今の10〜20代の人には新鮮なんでしょうね。でも実は今、一部の若い世代にはカセットテープが流行っているみたいですよ。私たちの世代にとってのレコードみたいなものなのかな。アナログに戻る現象っておもしろいなぁって。

── でも、ミックステープを作ることって、すでに1つの編集の形よね。

確かに、「自分の好きなことで1つのものを埋めると、自分も楽しい、しかも人にも薦められて最高」という感覚を幼いながらに体得していたというのは振り返ってみると興味深いですね。

── 小さい頃から自然とそういったことが好きだったのね。

はい。小学校高学年になって自宅の合鍵を持つようになると、今度は一人で家でお留守番をするようになりました。そこで夢中になったのが、ケーブルテレビで流れていた開局間もない頃のスペースシャワーTVとラジオのオールナイトニッポン。特にオールナイトニッポンはバンドサウンドとの出会いの場になったというか、今でも忘れられない衝撃の思い出があって……。

── 衝撃の思い出?

いつものように聞いていたラジオから、「UNICORN(ユニコーン)の解散」という言葉が聞こえたんです。その日は電気グルーヴの日なのに、なんで? って。

耳を傾けていると、「このラジオが終わったら僕ら解散します」というアナウンスと共に、ラジカセからアンサンブルが響くいわゆるバンドサウンドというものが聞こえてきました。緊急特番だったんでしょうね。その音は、私がそれまで聞いていた音楽と全く違うもので。とにかく驚いて、そして感動しました。

それまで歌謡曲だけが音楽の世界だと思っていた私は、「バンドって何だ。バンドサウンドって何なんだ」と、一気にのめり込みました。音楽雑誌を読んでは、気になる曲を探して聞いて、渋谷系サウンド(※1)が良いと思えば雑誌「Olive」片手に渋谷の町を歩いてレコードショップをめぐり……。

(※1)渋谷系サウンド:1990年代、東京・渋谷を中心に流行したとされるポップスのジャンルだが、明確な定義は存在しない。

── 好きなバンドは? と聞かれたら今は何て答えるの?

長いこと変わらず民生が大好きで。

── タミオ?

奥田民生さんです。私より上の世代の方は愛情を込めてあえて敬称のない「民生」と呼ぶ人が多いですね。でもザ・ビートルズも聞きますし、TOKIOのライブに先日久しぶりに行ったりもしました(笑)。

ミーハーなんですよ。ミッシェル、ナンバーガール、スチャダラ、オザケン……って、ここ十数年だけでも自分史辿って好きな音楽を挙げ出してしまったらあっという間に朝がきますね(笑)。ロックを中心としつつ色んな音楽が好きです。

33歳の今まで「ずっと10代」だと思って生きてきた

── 好きな音楽を、「仕事にしよう」とは思わなかったの?

それは、あまり思わなかったですね。私はずっと10代みたいな感覚で仕事をしていて。

── どういうこと?

好きなことばっかりしてるんですよ。自分勝手だっていう意味で、ずっと10代。

── ふぅん。新卒で入社した会社が出版社だったの? そういえば具体的な会社員時代の話を聞いていないわ。

いえ、大学卒業後に勤めた会社は名古屋の広告代理店でした。私は神奈川県藤沢市生まれで、そのままその土地で育ったので一度くらい地元を出て暮らしてみたいなという気持ちがありましたし、ちょうどその頃は名古屋万博があった時代だったので、土地柄も面白いかなと。

音楽と同じくらい、もしかしたらそれ以上に雑誌が大好きで、誰よりも読んでいるだろうと思っていたくらい。でも、さっき言った通りその頃は音楽や雑誌を仕事にしようという発想はあまりなくて。

雑誌
絵美里さんに刺激を与えてきた雑誌たち

『広告批評』や『ブレーン』といった広告関連の雑誌を愛読していたので、むしろ仕事としては広告という媒体に興味があったんでしょうね。物事の表現や伝え方を、お金を回しながらきちんと成り立たせるという仕組みを知りたいと思いました。

── 広告ねぇ。うちのお店は広告はおろか、住所すら開示していないわ。看板もない。広告代理店としては商売あがったりね。

あ……ハイ、そうですね(?)。

会社では、時代性もあって色々な経験をさせていただきました。雑誌と女子大を絡めたイベントの企画や、当時急速に発展していたインターネットの世界のディレクション。もちろんとてもおもしろかったけれど、数年務めてみると「他の仕事もしてみたい」更には「そろそろ地元に戻りたい」という気持ちも出てきました。ふつふつとそんなことを考えている時に、偶然出版社の中途社員の募集情報を見つけたんです。

── どうやって見つけたの? 転職活動をしていたわけではないのよね。

はい、本当に偶然で。もともと好きだった「湘南スタイル」という雑誌をその出版社が出していたりして、WEBサイトを見ていたらふと採用募集情報が目に止まって、思い付きで履歴書を送ってみたんです。特に働き方を真剣に考えてとか、雑誌の仕事がしたいと思いつめて、とかではないですね。私は転職活動もしたことがないから、本当にタイミング。

── お店に入ってきた時も、「タイミングが揃ったから」って言っていたわね。

はい。ちょうど2008年頃はソーシャルという言葉が世間に浸透し始めていた時代だったから、出版社側もウェブに知見のある人間を採用したいと思っていたんだそうです。色んなタイミングが合わさると、物事ってきっと動くんでしょうね。

鈴木絵美里

具体的な仕事としては、アウトドア雑誌の編集や、ウェブと雑誌の世界を繋ぐデジタルの部署に属したのですが、ウェブもソーシャルも、広告も出版も私の中では特に境界線や距離があるものではなかったし、近く見えるものだったからこそ「境目をつける必要ないよね」って思いながら仕事をしていました。人って必ず何かに属しているから、そのへんを難しく考えないでやるとおもしろいかなって。こういう考えに意識的になったのは、30歳を過ぎくらいからでしたけどね。

── ふぅん。おもしろいわね。

世界の狭間に立って物事を俯瞰して見ていくこと

広告代理店から出版社に転職って珍しいって言われることも多かったんですが、それも私にとっては違和感とか全然ないことで。もともと、雑誌作りと広告のプランニングって実は似ているんじゃないかと漠然と思っていたこともあります。

自分が動くことで、繋がっていなかったものが繋がっていくのがおもしろい。色んな物事の狭間に立って、縁やタイミングが重なり混ざっていくのを見渡していたい。そういうのが好きなんです。

だから、きっとこれからの私の役割ってそこなのかなと思っていて。

── これからの編集企画業は、例えばどんなことをしていくのかしら。

今まで話してきたこと全部ですね、きっと。

紙の書籍の編集もすれば、ウェブの連載企画のディレクションもあるし、音楽・編集関連のスクール企画も動き始めるかもしれない。特に編集者向けのスクールは、今すでにライティング・編集みたいなことをしている人たちの横の繋がりを作るような構想を持ったもので、「これからライターになりたい人向け」というよりも「上級者編」と銘打ってやるような内容になればいいな、と。

実際に編集系の仕事をしているけれど、仕事としてやり始めてしまっているからこそ悩むことって、みんないろいろあると思うんですよね。その悩みを解決する仲間を見つけたり、横の繋がりを作ったり。何かを教えてもらう場、というよりは何か新しいものを生み出せるような機会作りができたらいいですね。

あとは、音楽。今はアプリを使えば誰もが自宅で曲作りができる時代です。もっと音楽を作ることを身近にしたいという想いを持っている方とご一緒して何かやることも考えていますし、フェスやお祭りの企画も練っているところです。

鈴木絵美里

紙の世界に身を置いて分かったのは、一冊の本を作るのは本当に大変なことで、だからこそ紙のことで頭がいっぱいになってしまうという傾向があるということ。それって全然悪いことではないし、それが仕事だから当然です。でも、「紙の発行」というのは伝える手段のうちの1つでしかない時代なことは間違いなくて。

もし、世界が電気なしにオンラインで繋がれる時代がきたとしたら、紙の役割はまた違う意味を持つのかもしれません。でも、震災の時のように充電ができなければデータが取り出せないという状況が起こりうる今は、まだ紙でしか残せないことがある。

紙の本のよさって、時に「手触り」とか「ページをめくりたいから」と表現されることがままありますよね。私ももちろんそう思うけど「そうじゃなくて、もっと物理的に紙が果たす役割があるのだろう」と冷静に考えてもいます。民俗史を紡ぐ、というか。重要なもののバックアップを取っておくという役割。

── 情報の伝達手段は、この数年でまた様変わりしたように思うわ。これからもきっと変化はし続けていくのでしょうね。

そうですね。紙、ウェブ、イベントという題材を目の前にして、「なぜその方法を選ぶのか」をきちんと考えられる人になりたい。自分なりに全部ちゃんと使える人になりたくて、広告代理店、出版社を経て、このタイミングでフリーランスになりました。

今は、目の前にあることに真摯に向き合って日々を過ごすことと、自分の世界と思考を拡げていくための視野を、まさに俯瞰しながら養っていく時期なんだと思います。会社員の頃と違って、自分が動かなければ何も進まないから、そりゃあ不安もあります。でも、そのしびれる感じを存分に味わって、自分を信じてくれる人、例えば仲間、クライアント、そして家族、ですよね。その人たちのためと、自分のために、進んでいかなきゃって思っています。

── あなたの進む道は間違っていないと思うわ。大丈夫。自信を持って進むのよ。私は絵美里を応援しているわ。

【かぐや姫】いつか月に帰ってしまうとしても

── 最後に1つだけ聞かせて。もし絵美里が明日、かぐや姫が月に帰ってしまったのと同じように、地球を去らなければならないとしたらどうする?

この地球における人生最後の日をどう過ごすのか、という意味ですよね。私、人類は体を鍛えるべきだと常々思っていて。きっと今、見えざる大きな力が世界には働いている……。

── は?

いや、走りこむべきなんですよ、私たちは。今、走った場所やタイムを記録してくれるアプリってありますよね? きっとあれって誰かの陰謀で、世界中のランナーの情報を集めて、身体能力の高い人を選出しているんです。で、地球がヤバくなったら上位から順に救出される。絶対そう。

── ……何言ってるの? 救出? いつ?

地球が最後の日。例えば火星に移住する時とか。ママが聞いたんですよ、やだなあ。

── わ、わかったわ。私も今日から走りこむわ。で、最後の日はどうするの?

ビッグサー(Big Sur)に行きます。

── サー?

アメリカのカルフォルニア州のビッグサー。いつか本で見て、ずっと行ってみたいなと思っている場所なんです。綺麗なんだろうなぁ。明日月に帰らなければならないとしたら、ビッグサーに行きますね。

── へぇ、ビッグサーはランニングもしやすそうね。

長々と話してしまったわ、そろそろお開きにしましょうか。遅いから気を付けて帰りなさい。タクシーはだめ。きちんと走って帰るのよ。

またいつでも遊びにきてちょうだい。パクチーといちごのお酒を作って待ってるわ。

—立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花— 

お話を伺った人

鈴木 絵美里(すずき えみり)
ディレクター・編集者として広告代理店、出版社にて10年間の勤務の後、独立。現在はWEB、紙、イベントを軸としたコンテンツのディレクションおよび執筆に携わる。音楽、映画などのカルチャー全般や、アウトドア・旅好き。主な生息領域はインドアとアウトドア、オタクとミーハー、ブンカケイと体育会系の狭間、です。
公式サイト:Emiri Suzuki
Twitter:@emr_81

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伊佐 知美

旅するエッセイスト、フォトグラファー。1986年生まれ、新潟県出身。世界中を旅しながら取材・執筆・撮影をしています。→ さらに詳しく見る

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【かぐや姫の胸の内】職人の瞳に恋してる - 伝統産業女優 村上真希 - 【かぐや姫の胸の内】写真家・周東明美の光と物語のチベット

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