ここは、都会の喧噪から引き離された知る人ぞ知る老舗スナック。
夜な夜な少なの女性が集い、想いを吐露する隠れた酒場。
確かに近年、女性が活躍する場は増えて来たように私も思う。
自由に生きていい。そう言われても、
「どう生きればいいの?」
「このままでいいのかな」
「枠にはめられたくない」
私たちの悩みは尽きない。
選択肢が増えたように思える現代だからこそ、
多様な生き方が選べる今だからこそ、
この店に来る女性の列は、絶えないのかもしれない。
ほら、今も誰かが店の扉を開ける気配。
一人の女性が入ってきた……
連載 今を生きる女性の本音「かぐや姫の胸の内」
第29回目は、番外編。スペイン・バルセロナ在住のフリーランスフォトグラファー、カミジオーリ マドカさんの登場です。
── 初めまして。お会いできるのを楽しみにしていたわ。
マドカ 初めまして、こちらこそ。そしてようこそ「バルセロナ」へ。
── バルセロナは、素晴らしい街ね。そして、待ち合わせに指定してくれたこの店も「バルセロナ」。ここは、あなたのお店なのよね。
マドカ はい。フォトグラファーである私と、料理人であるイタリア人の夫が夫婦で運営しているレストラン兼アートスペースです。
マドカ 2015年のオープン当初は「バル・セルオナ(Bar cel ona)」と呼んでいました。カタルーニャ語(バルセロナの第一言語)で、「セル」と「オナ」はそれぞれ空と波を意味することば。
でもいつしか、時間が経つにつれてみんなが「バルセロナ(Barcelona)」とそのまま読むようになったから(笑)。今はバルセロナって呼んでます。大事なところなんですけれどね。
── 地元のひとがたくさん、次々に入ってくるわね。愛されている場所なのが伝わってくる。
マドカ ありがとうございます。気軽にカフェやレストラン、バーとして利用してもらえたら。うちの夫はイタリア、スペイン、日本食のシェフなの。
マドカ でも今日は残念ながら、店内でイベントや展示をしている期間ではないから少しさみしいかもしれません。定期手に作家や画家の作品展示、ミュージシャンのコンサート、奥のDJブースで貸し切りダンスパーティーなど、様々なアーティストの催事をしているんです。
飲食だけでなく物販もできる場所なので、着物をつくっている方など、いろんな国籍のアーティストの発信基地としています。
── いや……ほんとにこれ……美味しいわ……。今まで食べたカルボナーラの中で一番おいしいかもしれない。
マドカ まだお昼だけど、一緒にワインでも飲みましょうか(笑)。今日は私も珍しく仕事が休みなんです。こんな日はめったにないから。
異国を拠点に「メモリアルフォトを撮る」という仕事
── あなた自身の仕事について、知りたいわ。
マドカ 私の仕事は、申し上げたとおりフォトグラファー。おもに日本人ハネムーナーの方のメモリアルフォトを撮っています。日本からハネムーンで来られる方ももちろんたくさんいらっしゃいますし、バルセロナ郊外、近隣ヨーロッパ諸国からいらっしゃる日本人の方も多いです。
マドカ 外国籍の方の撮影はしない、というわけではないのですが、立ち上げ当初からクチコミやホームページを見てお問い合わせいただく方が多いので、日本人のお客さまが結果としていまは大多数、かな。
舞台はスペイン・バルセロナはもちろん、バルセロナから飛行機で50分のイビサ島だったり、フランスやイタリア、ヨーロッパ近隣諸国であればどこでも。イタリア・ローマは夫の実家でもあるので、プライベートでもよく訪れます。
──写真、とても素敵ね。
マドカ 背景を「ヨーロッパの街並みにしたい」「ヨーロッパっぽく」という要望はたくさんいただくんですが、私はせっかく異国で写真を撮るんだから、その土地ならではのモチーフを取り入れたいというのをモットーにしています。
たとえばバルセロナであれば、サグラダ・ファミリアが背景なのはすごく分かりやすいですよね。
マドカ 私は、お客さまの笑顔はもちろん、ご自身がまだ気が付いていないような、見たことない美しい自分、みたいなことを引き出すのが得意なんだと思います。
誰にだってコンプレックスや欠点はあります。たとえば鼻が低いとか、眼が小さいとか。ポーズも、職業モデルじゃないからすぐに素晴らしいポーズなんかできなくて当たり前。
でも、撮影しているときはいま私の目の前にいるあなたがモデルだし、そのままで十分素敵だし、ほら今だってこんなにきれい。と思ってもらえるように、撮る。やはり経験と実績の積み重ねが信頼につながっています。
── ふぅん。それは、素敵なことね。いつ頃からそういう風に考えられるようになったのかしら。
マドカ もちろん最初からそんな自信が持てたわけじゃなくて。いつなんだろうか。何かあった気がします。そう考えるようになったきっかけが。
あー……でもこれは一晩かかりますね。プロとはなんぞや、というカテゴリだからワインも時間も足りない(笑)。
── そうかもしれないわね。
マドカ 私はまだ30代だし、経験を積んで、ここから10年20年、この仕事を続けていかないといけない。だから、今の私がプロなんだ!と主張したいわけじゃなくてね。
── うん。
マドカ でも、今までやってきた過去が今につながっていると思っています。確実に。
お客さんが私のところに帰ってくる。たとえばハネムーンって、一生に一度の晴れ舞台。特に女性にとっては人生でもっとも盛り上がる瞬間のひとつで、すごく楽しい日のはず。その思い出を、私が残す。
そして、いつか未来で「あの時楽しかったなぁ。今度は子どもを連れて家族の写真を撮ってもらおうか」と私に再び依頼をしてくださる。
そういったつながりをどんどん感じて。いつなのかしら……。プロと思ってもいいのかな?なんて思い始めた大事な出来事、初めてお客さまが戻ってきてくれた時、かな。
── 帰ってきて、くれるのね。
マドカ お子さんを連れてね。時を超えて。
── いい話すぎて、フォトグラファーになりたくなってきたわ……。よい仕事をしているのね、あなたは。
「サグラダ・ファミリアがある街で暮らしたい」
── もともとは、日本で暮らしていた?
マドカ プロカメラマンだった父と、尊敬する師に師事しながら、東京都内を拠点に雑誌系の撮影アシスタントをして20代前半を過ごしていました。
でも、都会で育ったせいかどこかで田舎に憧れていたんでしょうね。そして心のどこかで、雑誌よりももう少しゆっくりとしたサイクルで写真を撮って、作品を創りたいと思うようになっていました。
そうやっているうち、ウェディングや広告の仕事の多かった父の仕事について、はじめてスペインを訪れた24歳の時。私はバルセロナのことをとても好きになりました。
── 海と山が近くて、徒歩で歩ける範囲に街があって、芸術があるこのバルセロナを。
マドカ そう。その時は約1ヶ月スペイン縦断をして、首都のマドリードやグラナダ、セビージャなどたくさんの街を見て回りました。でも、どうしてだかバルセロナだけが心に残った。
パリやロンドン、ほかの国や都市も今までにたくさん訪れたのに……どうしてか2〜3日もすると、被写体としての街に少し飽きてしまうんです。わくわくしないの。
── でも、バルセロナだけは何かが違った。
マドカ 第一に、サグラダ・ファミリアがあったからだと思います。あの建造物は私にとって本当に特別。勝手に惚れ込んでしまった。
マドカ それは、メモリアルフォトを撮りたいとおっしゃるお客さまもやはり同じみたいで。
たとえばパリを撮影地として選ぶお客さまの中で、エッフェル塔って、選ぶ方と選ばない方がすごく分かれる建造物。特にヨーロッパに在住している日本人の方々はもっと郊外の港町や、ボルドーの古城とかを背景に撮りたいと考えるみたいなのね。
── へぇ。
マドカ でも、バルセロナを撮影地に選ぶお客さまは、そのほとんどがサグラダ・ファミリアを撮影場所に選ぶ。私も好き。みんなも好き。
── 当然、私も好き。すごく心惹かれる。あなたは、どうしてそこまで、この建物に惹かれたのかしら。
マドカ なんだろう、毎日まいにち変化しているからでしょうか。
私、ハネムーンメモリアルフォトとは別に、サグラダ・ファミリアの夜景を定期的に撮っているんです。毎夜通っていると言ってもいいくらい。
「ライトアップされたサグラダファミリア大聖堂と世界遺産である生誕のファサード公園内池に映る逆さサグラダファミリア全形と映る夜景記念写真」は私の商標であり、世界でたったひとつの夜景写真なんですよ。テレビ番組の取材や雑誌にも提供しています。
写真で見ると数ミリしか違わないかもしれないけれど、毎日まいにち、サグラダ・ファミリアは確実に変わっていっている。
私にはもうすぐ5歳になる娘がいるんですが、子どもと同じような感覚になっているのかもしれませんね。日々の小さな成長への期待と喜び、変化を毎日見届けられる場所にいるという幸せにまた、魅了されているんだと思います。
── まだ終わらない芸術のある街の魅力。きっと魔力みたいなものね。
マドカ でもきっといつかは工事も終わっちゃう。まだまだだとは思うけど、そのときはどう思うんだろう?ってそれも興味津々です。
完成までを見守ったことが私の人生のひとつの軌跡になるのかな。サグラダ・ファミリアのことが、勝手に大好き(笑)。そして写真を通して見届けようと決め、この地に根を下ろした自分のミッションを遂行している過程である現在を誇りに想い、そしてそれこそがまた未来への期待を抱くエネルギーとなっています。
── 一生に一度の記念すべき日の思い出を撮って、そこで出会うひとたちと縁を結んで、そしてその拠点が大好きになった土地……いいわね。とても理想的な生き方だわ。良い人生を、送っていると思う。
【かぐや姫の胸の内】たとえ明日、月に帰らければいけないとしても
── 何かこれから、もう少しやってみたいなと思うようなことは、あるの?
マドカ やってみたいこと。ほしいもの。何でしょう。あんまり思い浮かばないなぁ。
私、これ以上ほしいものない。今がずっと続いてくれたらいい。
── 今の人生に満足している、という証ね。
マドカ そうかもしれない。でも、スペインで暮らすって、やっぱり大変なこともあるんです。
もちろん言語や、文化の違い、キリスト教のカレンダーを理解・意識しながら暮らすことが必要ですし、私の仕事でいえば、日本人の方が多くいらっしゃる休暇シーズンが、こちらの祝日にあたってしまったらもう大変。
スペインのひとは、休日は働かないから。ドレスの仕立て屋が閉まったり、タクシーがつかまらなかったり、日本みたいに予定通りに物事が進まなかったりします。駆け出しの頃に比べたら、だいぶ基盤ができてきたと思うけれど。
撮影はチーム仕事。様々なお客様のニーズに応えることから始まる。大事なメンバーのひとり、日本人女性美容師ムサカ エリ氏とは、ここバルセロナで沢山の花嫁さまをセッションしてきたわ。きめ細やかな気配りが、緊張を解し、そこで産まれる穏やかな表情が、自然な良い写真につながる……。
カメラアシスタントも日本語か英語が話せる人限定にしているとか、撮影の移動にはメルセデスベンツのお抱えロケバスが数台いたり、とかね。すべてはお客様に特別な一日を過ごして欲しいから……。
──その工夫はすばらしいわ。ねぇ、もっとお話をしていたいんだけど、なんだか長くなっちゃうから最後にもうひとつだけ聞かせてくれる?
かぐや姫は、月に帰ってしまう物語なの。もしあなたが、明日月に帰らなければいけないとしたら、最後の日は何をする?
マドカ えっ? 月? それは、家族も一緒に連れて帰っていいんですよね。
──もちろん、だめよ……。
マドカ 嫌。なんとしても、ひとりで帰らない。ひとりで行くのは、絶対なし。家族3人ならワクワクして、いいよいいよ行くって感じかな。
──……! そ、そう……「ひとりでは帰らない」。いい答えね。
なんだかあなたのまとう空気はとても居心地がいいのね。ずっと話をしていたくなる。あなたの写真だけじゃなくて、人柄に惹かれてみんな戻ってくるのかもしれないと思うわ。
またきっと、近いうちにバルセロナに来ると思う。そしていつか、私も写真を撮ってもらいたいわ。誰と一緒に来られるかは知らないけれど、そんな日を虎視眈々と狙いながら、またあなたに会える日を楽しみにしてる。
今日はありがとう。バルセロナで幸せに暮らすのよ。
お話をうかがったひと
Madoka CAMIGIOLI(カミジオーリ マドカ)
「studio DREAM Barcelona」代表のフォトグラファー。幾度のスペイン訪問を機に、スペイン・バルセロナに移住。ハネムーン撮影をはじめとする、屋内・屋外スチール撮影をメインに活動。国連ユネスコ記者クラブ 「AIPET」のソシオ、スペイン国公認フォトグラファー。イタリア人の料理人の夫とともにレストラン兼アートスペースの「BISTRO BarCELONA by Studio DREAM Fotografía」を運営し、アーティストの発信基地にも注力。一児の母でもある。
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