ここは、都会の喧噪から引き離された知る人ぞ知る老舗スナック。
夜な夜な少なの女性が集い、想いを吐露する隠れた酒場。
確かに近年、女性が活躍する場は増えて来たように私も思う。
自由に生きていい。そう言われても、
「どう生きればいいの?」
「このままでいいのかな」
「枠にはめられたくない」
私たちの悩みは尽きない。
選択肢が増えたように思える現代だからこそ、
多様な生き方が選べる今だからこそ、
この店に来る女性の列は、絶えないのかもしれない。
ほら、今も細腕が店の扉を開ける気配。
一人の女性が入ってきた……
連載 今を生きる女性の本音「かぐや姫の胸の内」
第19回目となる今回は番外編。イギリス・ロンドン在住の陶芸家、舘林香織さんを訪ねます。
── こんにちは。あなたが舘林さん?
舘林香織(以下、舘林) はい、ロンドンで食器と陶の彫刻の制作を生業にしている舘林と申します。ママがロンドンに来ていると知って、会いたくて。
── 連絡をくれてありがとう。あなたはいつからロンドンに?
舘林 移住して16年、学生のときに半年間ほど交換留学生としてロンドンで暮らしたことがあるので、初めてロンドンを訪れたのはもう20年以上前のことになりました。
── ふぅん、ここは、あなたの制作拠点……?
舘林 はい、「401 1/2 Studios」という名の共同アトリエです。国籍・性別・分野問わず様々なアーティストが50人ほど出入りしており、最近は私のほかに2名ほど、日本人の方も入居しています。
── へぇ。
舘林 おもしろいですよ。2人とも女性で。1人はもともとはパタンナーで、パリに向かう途中にロンドンに寄ったらロンドンの方が気に入ってしまって、パリから戻って来てイギリスに住み始め、こちらの方と結婚。その後はシティーで働いた後、プロのパティシエになり、今は画家というかなりユニークな経歴の持ち主。もう1人は、私と同じく陶芸の分野ですが、ほかに仕事を持ちつつ空いた時間に通って制作する、というスタイルの方。
私は週に5日はこのアトリエに通っています。アーティストとしてこの街で身を立てるまで、大変なこともありましたが、今は作りたいものを楽しみながら作るという軌道に乗ってきたなと思えるように。でも、じつはさぁこれから、という時に体調を崩して、2015年春から2016年の春まで、日本に一時帰国していました。治療にどれくらい時間がかかるか分からなかったので、一時期はもうアトリエや素材もすべて処分して、きれいさっぱり日本に戻ろうか……と悩んだのですが、やっぱりどうしてもロンドンに帰ってきたいと思って。
いま、元気になってこの街に戻ってくることができて、本当にうれしい。やっぱり私はロンドンが大好きなんだ、これからもこの街で生きていきたいと、ちょうど気持ちを再確認したところでした。
── いいわね、この街が好きになって、これからも暮らしていきたいと思っていて、そして仕事も家庭もうまく行っている。今日はせっかく会えたのだし、ロンドンのことやあなたのことを、もっと教えて頂戴な。アーティストとして異国で暮らすって、一体どんな感じかしら。
「ロンドンに戻りたい」いつしかそう感じるようになっていた
舘林 一番最初にロンドンに来たときは、じつは全然この街のこと、好きになれなかったんです。冬は寒かったし、同じ留学生のひとばかりと気が合って、イギリス人とは全然仲良くなれないし。ことばの壁もまだまだあって、イギリスなんてきらいという印象で、日本に戻りました。
でも、日本に帰ってからロンドンのこと、ふわって思い出すんですよ。
── へぇ。「ロンドンは良かったなぁ」って?
舘林 そう。そんなに好きじゃなかったはずなのに、なんでこんなに思い出すんだろうって。何か心に引っかかる。もう一度あの場所へ行きたい、もう一度あの街の空気を吸いたいってしばらくすると思い始めていました。
そもそもロンドンに留学したのは、私が今でも創作のメインに置いている陶の彫刻の分野に惹かれたから。当時の日本よりもアートへの理解が進んでいて、パトロンによるアーティスト支援の文化も日常に浸透しているロンドン。当時の私にはとても魅力的に思えた「スラブビルディング」という名の、板状の土を貼りあわせ、積み上げていく造形手法を学びたくて渡英に至ったのですが、街のことをこんなに好きになるとは思いませんでした。
── ふぅん。何があなたをそんなに惹きつけたのかしらね。
舘林 何でしょうね。ことばにするのは難しいな。でもたとえば、東京の街は、私という動物にとって少し大きすぎるんです。ひとが多くて、少しだけ辛くなる。ロンドンは、世界を代表する一大都市ではあるものの、じつは街はコンパクトにまとまっており、自然が豊かで本当に美しい場所なんです。ママ、ロンドンの街はもう歩きましたか?
── 少し。でも、あなたの言っていることはよく分かる気がする。
舘林 よかった。本当に街の至るところに緑があって、スペースがあって、広々としているんです。けれど、「大英博物館」や「ヴィクトリア&アルバート美術館」のように、日常の中で気軽に壮大な歴史や芸術の数々に触れることができる。そのバランスが、私にとってとても心地いいんです。
舘林 こんなに私にフィットして、自然に溢れていて、そして美しい都市はない。私が暮らしているのはロンドン郊外の、これまた緑豊かな場所なのですが、窓の外にロンドンの木々が揺れているのを見るだけで、なんだかもう幸せだなって。
── グリーンパークを歩いていたらリスが私の足に登ってきたわ。ひとを怖がらないのね。たしかに樹齢100年を越えるような木が、街の中にたくさんある。素敵な街だと思ったわ。
「Potter」と「Ceramicist」の二足のわらじを履いて異国で生きていく
── アーティストとしてのキャリアは、どうやって積んできたの。
舘林 一筋縄ではいかなかったです。地道に、1つずつクリアしながらでしょうか。
ロンドンに住みたいと思って移住したものの、夫は現地法人に就職しており、私は未就職の状態。陶芸で身を立てようと思っていましたが、ぽつんとロンドンでひとり。アトリエもないし、私の存在も作品も、誰も知らない、ゼロからのスタート。留学経験があるとはいえ、もともと英語は得意ではなかったし、半年では日常会話が少し進化するくらいのレベル。30歳近くになってから移住したので、昔よりもずっと英語を覚える速度も、単語をピックアップする速度も遅くなっているなと感じました。
── うん。
舘林 日本人の友だちもいたけれど、彼女たちの大半は旦那さんが現地の方で、家でも外でも英語漬け。私は家では日本語だし、陶芸はアルバイトをしながら地域のカルチャースクールに通って、そこで作品をつくってはいたものの、どうやって売りだしていいか分からない……という足踏み状態。そんな日々が、1年、2年は続きましたかねぇ。
── 今のあなたはとても輝いて見えるけれど、鬱々とした気分で過ごした日々もあったのね。
舘林 もちろんです。アルバイトも、私は30代じゃないですか。ほかの子たちはみんな若くて、18歳とかティーンなんですよ。ヨーロッパのいろんな国から来ていて、短期でロンドンに遊びに来るついでにアルバイトをしている。まだやりたいことも何も決まっていないけれども、若いからそれでもいいんです。私は大学院まで陶芸を勉強してロンドンへ来たので、そんな若者達とシェアできる感覚もなく、やるせない気持ちになるときもありましたね。今はもう、忘れそうになっちゃっていますが。
── 何があなたの転機になったの?
舘林 とにかく諦めずに続けていたことがよかったのでしょうか。そもそも、私はこの彫刻・陶芸しかできないので、諦めるという気持ちすら持たなかったというのが正直なところですが……。
まだアトリエを持つ前のこと。「アダルトエデュケーションカレッジ」と呼ばれる地域の学校で、初心者の方々に混じって作品づくりをしているときに、釉薬の使い方で迷っているひとがいたら教えてあげるとか、先生でもないのに、アドバイスをしてしまうことがよくありました。日本でも3年ほど陶芸の指導をしていたことがあるので、ある種の癖で。そのうちに他の学生が、自然と私にいろいろ質問をしてくるようになってきて、それをカレッジの先生が気付かれて。「それならあなた、教えてみない?」と声をかけてくれました。
でもロンドンで陶芸を指導するためには教員免許が必要で、まずは半年間学校に通って、その免許を習得しなければならないと。なので、教員免許をとるためにまた学生をやって、その後やっと陶芸の先生の職に。教える合間に、作品をつくって……と、本当に少しずつ進んでいきました。
けれど、強いて言えばアーティストとしての私のキャリアは、2004年の「チェルシークラフトフェア」というアプライドアートのフェアに出展したのが転機だったかもしれません。
── 「チェルシークラフトフェア」。
舘林 ロンドンには「Crafts Council」というアーティスト支援の国営団体があり、私も当時、「セッティングアップグラント」という奨学金をもらい、アトリエの窯の購入やリサーチの為の海外旅行の資金援助などをしてもらいました。「チェルシークラフトフェア」は同じ団体が主催する、当時国内最大規模の工芸祭で、クラフト作家の登竜門のような感じの存在でした。残念ながら今はもうなくなってしまったのですが、それに出展したことをきっかけに、作品を見てくださる方が増え、オーダーが山のようにきて、展覧会にも声をかけてもらうようになりました。
── へぇ。今は、彫刻作品と食器をつくるのがメインなの?
舘林 そうですね、両方をやるのは珍しいですよね。でも私は学生の頃から彫刻の作品をつくっていたし、食器をつくるのも、自分の生業だと思っています。どちらに比重があるということではなくて、どちらも、かな。
── どうして?
舘林 もともと大学では、彫刻の作品をつくっていたことはさっき言った通り。ロンドンに来てからも彫刻の作品をつくり続けてはいたのですが、その前に東京に住んでいた頃に食器もつくり始めていたんですね。実家が、有田焼きで有名な佐賀県有田町なんです。母は私が大人になるまでずっと上絵師をやっていて、私にとっては食器をつくって売る、という行為は小さい頃からとても身近で自然な行為でした。だからロンドンで生計を立てようとするときに、アルバイトをするぐらいなら食器をつくって、得意なことで食べていこう、と決めて。
だから「チェルシークラフトフェア」では食器を出展したんです。フェアで賞をもらって、沢山の国内外のギャラリーから展覧会に呼んでもらって、お客さんがついて、その時は、彫刻はどうなるのかなって思ったりもしたのですが、まずは食器で身を立てて、彫刻も創作は辞めずに続けていこうと。
── ふぅん……彫刻と食器は、やっぱり全然違うものなの?
舘林 違いますね。食器はやはり日常生活の中で使うものなので、用の美というか、ちゃんとイギリスの食文化の中で使ってもらえるものをつくりたいと思っています。私は京都芸大に入る前に、銅駝美術工芸高校というとてもユニークな高校で、デザインを3年間みっちり勉強したんです。その時の経験が今の食器のデザインには活かされています。食器を作るとき、私の心はデザイナーであり、職人であり、「Potter」です。
対して彫刻は、私の個性が全面に押し出されるものなので、つくっているときの気持ちも目的も異なります。使い手のことは考えないので、アーティストとして思う通りの制作をします。こういう陶芸家は英語でいう「Ceramicist」に当たると思います。
なので私はPotterであり、同時にCeramicistでもあると言えます。
舘林 今はそれぞれ別分野でお客さんがついてくれています。時折展覧会で、両方の作品を同時に展示してほしいという話をいただくこともありますが、同じ作家がつくるとはいえ、観るための彫刻作品と、使うための食器は、同空間には上手く存在できないように私は感じるんです。なので、まだ2つを一緒に展示する機会を設けたことはありません。将来的にそうなる時が来るかもしれませんが、特に今はその必要を感じなくて。
数年前から彫刻の方が忙しくなってきていて、食器も、1~2年待ちの状態になったので、思いきって一旦食器はおやすみして彫刻に1年間専念しようと決めたのですが、その矢先に体調を崩してしまいました。それが、2015年春のことです。
── いろいろなことが上手く行き始めた、と思った頃に体調を崩したのね。残念な気もするけれど、カラダがNGのサインを出したのかもしれない。
舘林 どうでしょうね。結果論ですが、無事体調も回復して、お休みしていた1年のブランクを感じることなく、ロンドンで仕事を再開できています。じつはお休みするまえに、ロンドンで初めての、ギャラリー企画の個展のお話をいただいていました。体調の回復を待ってくれていたので、時期をずらして、2017年の秋に開催の予定です。だから、これからしばらくは個展の準備に全力を尽くすかな。
食器の注文に追われずに彫刻作品に没頭しながらロンドンで暮らせるのは、そういえば初めて。約1年間日本にいる間に新しい刺激やインスピレーションも受けたので……これから、彫刻に専念できる幸せと、それをロンドンで行える幸せの両方を噛み締めながら、アーティストとしての道をもっと歩いて行きたいと思っています。
【かぐや姫の胸の内】もし明日月に帰ってしまうとしたら
── いつも出会うひとみんなに聞いているんだけれど、かぐや姫は月に帰ってしまった……もしあなたが、明日月に帰らなければいけないとしたら、何をする? やっぱり、彫刻をつくっているのかしら。
舘林 ……考えてみたのですが、あんまり陶芸のこと、思い浮かばなかったな(笑)。
── あら、そうなの?
舘林 陶芸って出来上がるまでのプロセスが長いので、一日ぐらいではなにもできないんですよ。あと私、体調を崩した時に、一度今の生活を捨てて、日本に帰らなければいけないかもしれないという状況になったので、なんだか似ているなって思ってしまいました。その時は10日ほど猶予はあったのですが、バタバタと家やアトリエを掃除したり、お世話になっている方々に連絡したり。
月、かぁ。何をするかな。でも私、日本にいる間にものすごく行きたかった場所があって。ロンドンの自宅から近い、森のなかの小高い丘。自宅の裏の林を抜けて坂を上がると、ロンドン市内が遠くに見渡せる少し開けた場所があるんです。
そこへ行くかな。それで、ロンドンの街並みと緑の豊かさをもう一度、確認する。空気を吸って、ああこれだ、やっぱりこれが私は好きなんだって、最後に地球の自然を満喫して去ります。
── そう。地球の自然、ロンドンの豊かさがあなたは本当に好きなのね。その環境が、あなたの作品に伸びやかさを加えているのかもしれない。また、来年の個展の準備ができたら教えてちょうだい。会いに来られるかは分からないけれど、遠くからあなたの成功をきっと祈るわ。元気で、頑張るのよ。あなたの好きと得意を貫く生き方が、とても好き。
― 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花 ―
(一部写真提供:Kaori Ceramics)
お話をうかがったひと
舘林 香織(たてばやし かおり)
京都市立芸術大学修士課程修了(陶芸専攻)。在学中、ロイヤル・カレッジ・オブ・アーツ(RCA, イギリス)に交換留学生として留学。卒業後、陶芸家として活動を始め、約16年前にロンドンに転居。2003年より工房を構える。2004年10月チェルシー・クラフトフェアに出展以後、サーチギャラリーでのCOLLECTをはじめ、英国内外の様々なアートフェア、展覧会、ギャラリー等で作品を発表している。公式サイトはこちら
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